保身の代償 ~長崎高2いじめ自殺と大人たち~

石川氏が報道の自由を求め提訴/共同通信は社外言論活動に「検閲」導入

2023年07月24日22時21分 中川七海

石川陽一氏が7月24日、共同通信社に損害賠償を求めて提訴した。同日、日本外国特派員協会(FCCJ)で、代理人弁護士の喜田村洋一氏とともに記者会見に臨んだ。

シリーズ「保身の代償」で報じた通り、石川氏は長崎市で起きた福浦勇斗さん(当時16歳)のいじめ自殺事件を追った著書『いじめの聖域』(文藝春秋/2022年11月発行)をめぐり、共同通信から本の重版禁止や記者職剥奪の決定を下されている。著書の中で共同通信の加盟社である長崎新聞の報道姿勢を批判したことが原因だ。

会見では、福浦勇斗さんの遺族である母・さおりさんと父・大助さんからの手紙が読み上げられた。遺族は「報道機関自らが弱者を排除するような状況を生み出している」と共同通信の姿勢を強く批判した。

一方の共同通信は、記者による社外言論活動の監視を強化している。Tansaが入手した同社の内部資料によると、記者が他社から本を出版する場合、同社が必要だと認めれば、事前の原稿提出を求める。事実上の検閲である。

共同通信社を提訴した石川陽一氏(左)、石川氏の代理人弁護士である喜田村洋一氏=2023年7月24日、中川七海撮影

「共同通信に報道機関を名乗る資格はありません」

記者会見は午後2時、東京にあるFCCJで始まった。20人ほどの報道陣らが駆けつけた。共同通信からも3人が出席していた。

冒頭で石川氏は、提訴に至った経緯を説明した。シリーズ「保身の代償」で報じてきた内容だ。

遺族ではなく加盟社である長崎新聞を優先し、事実に基づいた言論活動を弾圧する共同通信の幹部に対して石川氏はこう述べた。

「ジャーナリズムの助けを必要としていた遺族は、またしても裏切られたのです。共同通信に報道機関を名乗る資格はもはやありません」

共同通信を批判する石川氏の強い言葉に、会場にいた数名がどよめいた。

石川氏は次の3つの権利の侵害に対し、550万円の損害賠償を求めている。

・記者としての資質を否定された「名誉感情」の侵害

・重版を禁止されたことによる「財産権」の侵害

・憲法第21条が規定する「表現の自由」が保障する「報道の自由」の侵害

喜田村氏は「裁判で長崎新聞と共同通信とのやりとりも明らかになっていくだろう」、「裁判に勝つことによって、共同通信の偏見や構造的な欠陥を明らかにしていくことが大事だと思っている」と述べた。

終わらない「いじめ」

会見では、亡くなった福浦勇斗さんの遺族である母・さおりさんと父・大助さんからの手紙が読み上げられた。その一部を抜粋する。

私たちの子どもは、いじめにより自ら命を絶ちました。しかし、いじめは実はそれだけでは終わらなかったのです。

 

遺族である私たちは、学校から転校や突然死にすることを提案され、また、第三者調査委員会の結論も拒否されるなど、まるで学校からいじめられているような有り様でした。そんな学校を自治体が擁護するという、二重のいじめにもあいました。さらには、自治体を擁護する報道機関まで現れました。

 

そして一連の真実を報道した記者は、所属する会社から処分されるという事態にまでなりました。

 

まるでいじめのサイクルです。いつのまにか、一番苦しんだ子どもの気持ちなどは蚊帳の外で、大人社会の都合がひしめき合う状況になっていました。

 

弱者の声というのは、真摯な報道機関によって社会に伝えられるものだと、私たちは思います。

 

このたびの共同通信社の姿勢は、報道機関自らが弱者を排除するような状況を生み出しているのではないでしょうか。

 

同じことを繰り返してはならない、そのような思いで、本日、石川記者は提訴したのだと思います。私たち遺族も思いは一緒です。

Tansaの取材に対して、母・さおりさんはこう述べる。

「石川さんの提訴は、多くの方に知って頂きたいです。真実を報道した記者さんが排除されるようでは、何のための報道機関かわからないです」

2カ月間、回答から逃げ続ける共同通信

石川氏は、共同通信の記者や職員から、社の対応に声をあげる人が現れないことへの懸念も示した。

会見でも、共同通信から3人が出席していたが、質疑応答の時間で手を挙げる人はいなかった。

だが共同通信の記者にとって、石川氏の件は他人事ではない。

Tansaは、2023年6月23日付の共同通信の内部文書を入手した。前日に行われた社員総会を経て、総務局長の江頭建彦氏の名前で職員らに配布されたものだ。

文書は、「社外言論活動に関する規定」の改定に関するもので、記者たちの監視を強化していく方針が記されていた。一部を抜粋する。(「ゲラ」とは、出版前に確認するための、レイアウトされた原稿を指す。)

出版や講演に関してのルールも「社外言論活動に関する規定」として改正しました。職員からの申請に対する「社の了解」を「社の許可」と厳格化し、必要な場合は、活動の記述などに関して、例えば書籍のゲラなどですが、提出を求めることができるという条文を新設しています。

つまり共同通信は、検閲の実施を表明しているのだ。検閲は、報道の自由を大きく侵害する行為だ。この規定は、ほかの出版社の編集の独立、出版の自由を侵害するものであり、共同通信の記者には出版社からの執筆依頼が来にくくなる可能性が高まる。

この改定は、石川氏への一連の弾圧の後になされたものだ。共同通信の現場の記者たちが声を上げない中、経営側が報道の自由を侵害する規定を堂々と盛り込んだことになる。

これまで、数々の訴訟で報道の自由を守ってきた喜田村氏はこう述べた。

「『報道の自由』は、報道機関に属するジャーナリスト一人一人の『報道の自由』が守られることによってのみ、守られる。ところが共同通信の新しい規定は、ジャーナリストの『報道の自由』を制限するものだ」

会見の後、私は共同通信を取材した。

取材に応じたのは、江頭氏の直属の部下である総務局次長・有若基氏だ。

私は3つの質問をした。

まずは、本訴訟についての見解を問うた。回答は次のとおり。

「今後、訴訟手続きの中で、当社の正当性を主張してまいります」

2つ目は、検閲行為を行う理由について。

「訴訟と関係してきますので、回答は差し控えさせていただきます」

3つ目は、シリーズ第1部「共同通信編」を報じるにあたって、5月17日付でTansaが共同通信に送った質問状への回答について。回答期限を2カ月以上過ぎているが、まだ返事を受け取っていない。

「回答は差し控えさせていただきます」

回答を差し控える理由についても、「回答は差し控えさせていただきます」。

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