保身の代償 ~長崎高2いじめ自殺と大人たち~

長崎新聞の内部文書入手/共同通信、執筆者を聴取しないまま、本の発売翌日に謝罪

2023年11月22日12時00分 中川七海

2017年4月、長崎市内の私立・海星学園高校2年の福浦勇斗(はやと)が、いじめを苦に自殺した。

共同通信の記者だった石川陽一は2022年11月に『いじめの聖域 キリスト教学校の闇に挑んだ両親の全記録』を文藝春秋から出版。勇斗の自殺の真相究明を阻んだ地元行政を庇う長崎新聞の報道姿勢を批判した。

ところが共同通信は、石川への責任追及に乗り出す。石川の著書の内容は正しいと訴える遺族も無視し、社外執筆許可を取り消した。本の重版も認めず、石川を記者職から外した。

なぜ共同通信は、遺族や自社の記者ではなく、長崎新聞の側に立つのか。

Tansaは、その理由がわかる長崎新聞の内部文書を入手した。

社長の徳永英彦以下、局長ら幹部が参加する「局長会」の会議録だ。

(左)長崎新聞社の徳永英彦社長=同社ウェブサイトより、一般社団法人共同通信社の水谷亨社長=同社ウェブサイトより

長崎新聞「長崎新聞を侮辱し、貶める内容。悪意を感じる」

Tansaが入手したのは、2022年11月〜2023年1月にかけて長崎新聞が開いた局長会の会議録だ。

2022年11月14日に開かれた局長会で、『いじめの聖域』が初めて俎上に載った。11月9日に文藝春秋が同書を発売*してから5日後のことだ。(*発行日は2022年11月10日)

会議録には、以下の内容が記されている。

本発売翌日の10日午後、共同通信・福岡支社長の谷口誠が長崎新聞本社を訪問した。長崎新聞からは、編集局長の石田謙二に加え、報道本部長の山田貴己と報道部長の向井真樹が応じた。

共同通信の谷口は、書籍の第11章に長崎新聞社と同社記者の名誉を傷つけている部分があるとして謝罪。共同通信が問題だと捉えている箇所を複数挙げた上で、「問題の記述は石川氏の個人的な主張で共同の考えではない」「本社総務局と法務局で対応を検討している」と説明した。

長崎新聞は「なぜ本の出版を許可したのか」と「文藝春秋に出版差し止めを求めないのか」を質問し、共同通信としての回答を求めた。また、石川記者の社外執筆の申請書があれば提出するよう求めた。

長崎新聞の見解は「長崎新聞を侮辱し、貶める内容で、事実に反している。悪意を感じる。共同通信にはしかるべき対応が必要と考える」 。

共同通信の谷口が長崎新聞に謝罪に行った11月10日の段階では、共同通信は本の執筆者である石川に聴取をしていない。石川が、自身の所属長である千葉支局長の正村一朗から著書の件で連絡を受けたのは11月11日午後。本社法務部長の増永修平と総務局人事部企画委員の清水健太郎から初めて聴取を受けたのは、さらに3日後の11月14日だ。

つまり共同通信は、石川に何の事情も聞かないまま、先に長崎新聞に謝ってしまったことになる。

長崎新聞・徳永社長が直接対応

11月21日の局長会では、共同通信が長崎新聞に提出した経過と問題点、対応についてまとめた内容が共有された。長崎新聞としては、弁護士の見解を得ることが決まった。

12月19日の局長会では、社長の徳永が報告した。徳永自ら、共同通信と協議していたのだ。

前週に開かれた共同通信の理事会前に、共同通信社の専務、総務局長から書籍に関する説明を受けた。

共同側の説明によると、石川記者へのヒアリングを11月に2回実施し、12月6日に審査委員会を立ち上げた。年末までには同委員会の結論を出し、役員会で対応を決定する。 石川記者は意見表明の機会を求めている。

「業務外の執筆ならば共同通信の責任はないのか」と質問したところ、「共同として責任を感じている」との回答だった。

事実関係について共同通信に指摘したところ、共同通信は十分把握ができていなかった。あらためて長崎新聞社として見解を出すことにした。長崎新聞社の見解・指摘については編集局長に作成をお願いする。

年が明けた2023年1月10日の局長会では、編集局長に昇進した山田が報告した。翌11日に上京し、共同通信・総務局長の江頭建彦から説明を受けることを伝えた。

1月16日の局長会でも、山田が報告した。1月11日に総務局長の江頭に加え、共同通信・東京支社長の松井隆一も同席して説明を受けた旨を共有した。

遺族は無視する共同通信

共同通信は、長崎新聞とは密に連絡を取り合っていた。

一方で、勇斗の遺族も共同通信に何とか振り向いてもらおうと必死だった。石川の所属長である千葉支局長の正村に手紙を書き、審査委員会には意見書を出した。遺族だけではない。長崎市内で塾を経営する佐々木大も、石川の著書の正当性を訴えて審査委員会に意見書を提出した。

しかし共同通信は1月27日、総務局長の江頭の名前で「社外活動(外部執筆)の了解取り消しの通知」を石川に出す。出版元は文藝春秋であるにもかかわらず、本の重版を禁じるとも通告した。一連の経緯をメディアで公開すれば石川を懲戒処分にする可能性があるという警告までした。

その後、総務局長の江頭と東京支社長の松井は石川に対し、記者職から外すことを告げた。

石川は辞職し、別のメディアで記者を続ける道を選んだ。

出来レース

長崎新聞局長会の会議録は、共同通信が石川への一連の弾圧を、初めから結論ありきで進めたことを示している。

Tansaは、共同通信社・社長の水谷亨と長崎新聞社・社長の徳永に質問状を送った。

石川を聴取する前に謝罪を済ませた共同通信の行いが適切であるか否かを、理由とともに答えるよう求めた。

共同通信は「回答は差し控えさせていただきます」。

長崎新聞からは、返答すらない。

一般社団法人共同通信社の水谷亨社長と長崎新聞社の徳永英彦社長に宛てた質問状

「検閲」を導入した共同通信

Tansaの取材に対して沈黙を続ける共同通信だが、社長の水谷は自社のウェブサイトに載せている「社長メッセージ」で次のように語っている。

組織の強みは「風通しの良さ」です。自由闊達な議論が、良質なコンテンツづくりにつながるからです。多様性を尊重し、誰もが働きやすく、能力を最大限発揮できる職場環境を整えます。

ウソだ。

この間、私は共同通信の記者たちに会ったが、皆一様に風通しの悪さを嘆いていた。

石川の著書をめぐる一件についても、説明がないという。

しかも共同通信は石川への一連の弾圧の後、「社外言論活動に関する規定」を改定し、記者たちの監視を強化していくことを決めた。Tansaが入手した、2023年6月23日付の共同通信の内部文書に記載されている。前日に行われた社員総会を経て、総務局長の江頭の名前で職員らに配布された資料だ。(「ゲラ」とは、出版前に確認するための、レイアウトされた原稿を指す。)

出版や講演に関してのルールも「社外言論活動に関する規定」として改正しました。職員からの申請に対する「社の了解」を「社の許可」と厳格化し、必要な場合は、活動の記述などに関して、例えば書籍のゲラなどですが、提出を求めることができるという条文を新設しています。

これは検閲につながる行為であり、言論の自由を標榜する報道機関の自滅行為だ。水谷が謳う「自由闊達な議論」とは、一体何なのか。

11月24日に第1回口頭弁論

2023年7月24日、石川は共同通信社に損害賠償を求めて提訴した。次の3つの権利の侵害に対し、550万円の損害賠償を求めている。

・記者としての資質を否定された「名誉感情」の侵害

・重版を禁止されたことによる「財産権」の侵害

・憲法第21条が規定する「表現の自由」が保障する「報道の自由」の侵害

11月24日、第1回の口頭弁論が東京地裁で開かれる。

(敬称略)

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