誰が私を拡散したのか

ハワイにペーパーカンパニー、アルバムコレクションの正体は?(14)

2023年09月14日19時31分 辻麻梨子

(イラスト:qnel)

本人の同意を得ていない性的な画像が、スマートフォンのアプリ「アルバムコレクション」と「動画シェア」で売買されていた。子どもが性的虐待の被害にあった映像も、取引されていた。私はこの問題を昨年夏から取材し、本シリーズで報じている。

これらのアプリは、数十万回以上ダウンロードされている。アプリをダウンロードしたユーザーは、入手した写真や動画をさらにネット上に拡散する。被害の最終的な規模は計り知れない。

アプリが多くのユーザーに広まったのは、日本でスマホのアプリ市場を独占するGoogleとAppleが自社のストアに掲載していたからだ。Appleは両アプリを、Googleは動画シェアを掲載していた。本シリーズを始めてから半年後、Googleは今年4月に動画シェアをストアから削除した

しかし、まだわかっていなかったことがあった。両アプリを制作し、運営している者の正体だ。運営者は違法な性的画像の取引により、利益を得ている。

私は今回、アルバムコレクションを運営している人物を特定した。その詳細を数回の記事に分け、毎週木曜日に連載する。

ユーザーが逮捕、売上は1500万円

アルバムコレクションがAppleのアプリストア、App Storeに掲載され始めたのは2017年だ。サイトの説明文では、大容量の写真や動画を手軽に送受信できると謳われている。性的な画像のやりとりが行われていることは一見しただけでは分からない。

例えば、App Storeには次のような宣伝文句が並ぶ。

みんなで旅した卒業旅行や修学旅行の写真や動画をパスワードを送るだけで簡単共有!

大切な家族写真との思い出だってかんたんに共有!

彼女や彼氏の写真や動画をカンタンに共有!

だが実際には、犯罪の温床だ。

児童ポルノや盗撮画像を入手するためのパスワードが、今もSNSでやりとりされている。あるネットの掲示板には、1時間で約1200件、合計6万7000件以上のパスワードが投稿されていた。そのほとんどが子どもをターゲットにしたものだ。これらのパスワードをアプリに入れてみると、やはり子どもの性的な写真や映像が見つかった。

ユーザーに逮捕者も出ている。その人物はわいせつ画像を販売したほか、アルバムコレクションで使える性的画像のパスワードを投稿できるネット掲示板を開設。複数の罪状で昨年10月に逮捕された。投稿や広告収入で、約1500万円を稼いでいた。

性的画像が商売の柱

アルバムコレクションは、こうした違法画像はもちろん、わいせつ画像自体の取引を利用規約で禁止している。

さらにアルバムコレクションのウェブサイトには、トップページに、少なくとも2020年から次のような記載がある。

最近、法令、利用規約に反する投稿が増えております。

アルバムコレクション運営委員会からの警告を無視し、違反写真を削除しても別IDで送信しなおす悪質な利用者もいます。

現在、悪質違反者に対しての対策を強化するバージョンアップ作業を行っております。

利用者様には、重ね重ねアルバムコレクションにおいて違法、利用規約違反行為を行わないようにお願いいたします。

アルバムコレクション運営委員会

しかし、この注意喚起や利用規約は矛盾している。

App Storeでは、アルバムコレクションの使用に年齢制限が設けられているのだ。アプリ情報の欄には、「性的表現またはヌード」や「成人向けまたはわいせつなテーマ」が含まれると書かれている。

制作者はアプリをApp Storeに掲載する際に、暴力や性描写がアプリ内に登場する頻度などを申告する。その内容に基づき、年齢制限が設定される。

つまり、利用規約でわいせつ画像の取引を禁止しておきながら、わいせつ画像があると自己申告していることになる。

私は、アルバムコレクションにとって、性的画像こそが商売の柱だと考える。実際、アルバムコレクションの取材を続けて1年以上になるが、修学旅行の思い出写真のやりとりなど見かけたことがない。全てが、違法なものも含む性的な画像だ。

App Storeのアルバムコレクションのページには、年齢制限が記載されている

表に出ている3つの名前

さらに私には、「なんだかおかしい」と感じていたことがある。運営者の名前だ。

先ほどの注意書きの署名は「アルバムコレクション運営委員会」だ。利用規約に記載された問い合わせ先も、この委員会だった。だがアプリを制作・運営するのに「委員会」と名乗るだろうか。

App Storeでは、販売元として外国人の名前が書かれていた。

William Leal

アプリは個人制作なのだろうか。

だがそうではないらしい。アルバムコレクションのウェブサイトをよく見ると、こう書かれている。

アルバムコレクションはEclipse Incorporatedが運営するサイトです。

アルバムコレクションの制作・運営者をめぐり、3つの名前が登場したことになる。

「アルバムコレクション運営委員会」

「Eclipse Incorporated」

「William Leal」

私は、企業だと推察できる「Eclipse Incorporated」を調べることにした。

誰でも設立できるハワイの会社

Eclipse Incorporatedは、ハワイに登記されている会社だった。ハワイ州政府のウェブサイトで、次のような情報が見つかった。

登録日 2018年11月6日

ビジネスの目的 インターネット関連サービス

役員 LEAL,WILLIAM

だがインターネット関連サービスの会社なのに、企業サイトを持っていない。これでビジネスができるだろうか。

「ペーパーカンパニーかもしれない」と私は思った。

ハワイは会社設立のハードルが低い。米国籍であったり、ハワイに住んでいたりしなくても、現地に登記する住所があれば設立できる。登記にかかる実費は日本の場合25万円程度だが、ハワイは50ドル(約7300円)だ。

登記の手続きは代行業者や弁護士に委託すれば、1〜2週間で完了する。こうした代行業者は、登記先の住所も準備してくれる。現地に行く必要もない。

「Eclipse Incorporated」が実態のないペーパーカンパニーで、「William Leal」が架空の人物だとしたら、表に出ている情報を探しているだけではアルバムコレクションの実態に辿り着けない。何か方法はないか。

私の頭の中に、情報セキュリティのプロであるホワイトハッカーの存在が浮かんだ。

調べてみると、過去に違法サイトの捜査に協力し、運営者を突き止めた人物に行き着いた。さっそく連絡を取ることにした。

ハワイ州政府に登録されているEclipse Incorporatedのアニュアルレポート

戦争犯罪も暴くOSINT

今年5月、Tansaの事務所を2人のホワイトハッカーが訪れた。

2人とも20代で、日本の若者だ。Cheena(チーナ)とretr0(レトロ)という。個人情報を秘匿するため、ニックネームで活動している。メールで概要を伝えると、すぐに協力すると返事が来た。

ホワイトハッカーとは、ITに関連した深い知識を身につけているプロフェッショナルだ。企業の情報セキュリティを管理したり、サイバー攻撃に対処したりするのが主な仕事である。

最近ではそれ以外にも、OSINT(オシント-Open Source Intelligence)と呼ばれる手法が注目されている。OSINTでは、公開されているさまざまな情報を収集し、突き合わせたり分析したりすることで、新たな事実を提示する。

その手法はジャーナリズムにも活かされている。オランダに拠点を置く探査報道機関「ベリングキャット」は、シリア政府の戦争犯罪やウクライナ侵攻を行うロシアの虚偽情報を暴いた。

OSINTを使えば、アルバムコレクションの運営者に関して見つけられなかった情報が見つかるかもしれない。

決済システムやメールに注目

2人は部屋に入ると、自己紹介もそこそこに本題に入った。パソコンを取り出し、アルバムコレクションや動画シェアのサイトを順番に見ていく。私には正直、分からない用語も飛び交っていた。しかし目つきが真剣だ。

2人は専門的な視点で、普段私が気付かない点を深掘りしていった。

例えばウェブサイトに埋め込まれていた、決済システム。違法な商品を販売している場合、一般的な決済システムの利用を断られることがある。そのため、児童ポルノなどの売買が行われるサイトでは、規制の甘い同じ会社のシステムが使われることも多いという。

過去に、正体不明のアルバムコレクションの運営者とやりとりしたメールからは、発信元のサーバーを調べてくれた。

これまでアプリ運営者の表の情報だけで苦戦していた私は、これで事態が前に進むだろうと確信した。運営者を特定すれば、直接責任を問うことができる。

自力で身につけたスキルを、人のために

Cheenaもretr0も、独学でプログラミングやOSINTのスキルを身につけた。

「中学生の頃からプログラミングに興味を持ち、見よう見まねで、興味に従って学んできた」とretr0は言う。

調査に協力してくれたのは、加害者たちの倫理観がおかしいと思ったからだ。

「写真を売られた側の被害がどれだけ深刻か、ちょっと考えたらわかるはずです。それなのになぜこんなことをするのか」

「自分のスキルを他の人に優しくあるために使いたい」

Cheenaは2017年、違法な漫画や雑誌の海賊版を提供していたウェブサイト「漫画村」の運営者を特定し、警察に情報提供した。

「ネット上の不正や問題を自分のスキルで突破できるか、知的好奇心から取材に協力するようになりました」

これまでNHKの取材にも協力し、児童ポルノの売買が横行するサイトの運営者を調査したこともある。

「表に出る名前を偽装したり、そのために実態のない会社を海外に作ったりするのは、他の違法サイトでも横行する追跡逃れの常套手段です」

私たちは連携を密にして調査を進めることになった。セキュリティの高いメッセージツールを使い、わかったことを共有していく。2人からは、大体いつも深夜や明け方にメッセージが届いた。

見えてきたのは、アルバムコレクションに結びついた別のアプリの存在だ。

そこから一気に、ある人物にたどり着いた。

=つづく

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