保身の代償 ~長崎高2いじめ自殺と大人たち~

長崎新聞記者「県政記者クラブの問題になってくる」と迫る –共同通信編(5)

2023年05月24日20時37分 中川七海

2022年11月14日、共同通信の記者・石川陽一は、社から著作について聴取を受けていた。聴取を担った一人が、法務部長の増永修平だ。石川が長崎新聞について、「県に追従するような態度を取った」などと書いたことを問題にした。名誉毀損にあたるという。

だが長崎新聞の記事の内容は、明らかに県を擁護していた。

さらに記事を載せた後、筆者の堂下康一から福浦勇斗(はやと)の父・大助にかかってきた電話は、長崎新聞が県を擁護したことを裏付けるものだった。

「県は悪くない」と遺族に電話

長崎新聞に、「『突然死』追認報道 県は『積極的』否定/海星生徒自殺」という記事が掲載されたのは、2020年11月19日のことだ。

勇斗の自殺について、海星学園が「突然死」とすることを遺族に提案。県総務部学事振興課の参事だった松尾修が追認していた件を、県総務部が「不適切だった」と認めた記者会見を受けた記事だ。他社は県を批判する記事を書いたが、長崎新聞だけが県を擁護した。

記事が出てから数日後。平日の朝10時台に、仕事中の大助の携帯に堂下から電話が入った。

大助は「先日の記事についてだろうな」と思った。これまで堂下は、勇斗の事件に関する記事を出す際、事前に連絡をくれていた。だが今回は連絡がない。遺族ではなく県を庇う内容だったからだろうと、大助は推測した。

電話に出ると、大助の予想通り、堂下は19日付の自身の記事について話し始めた。だが、その内容に驚いた。

「いじめ防止対策推進法を守らなくてはいけないのは学校であり、県ではない」

「県は悪くありません。よって、長崎新聞としてはこのような記事にしました」

県学事振興課は、私立学校を所管している。松尾は学事振興課の参事として、勇斗が自殺した翌日から海星学園とやりとりし、学校の対応について助言している。大助は、堂下の言っていることが全く理解できなかった。

だが、一方的に主張してくる堂下に対して反論はしなかった。

5分ほどの電話の最後に、堂下は言った。

「私は、福浦さんの担当から降ります」

大助は落胆した。

堂下にはこれまで、「どのメディアよりも先に、私に情報を渡してください」とか、「朝刊の締切は20時なので、他社へは20時を過ぎてから情報を流すようお願いします」などと言われてきた。

大助はどのメディアに対しても平等に対応したかった。だが長崎新聞の地元での影響力は大きい。堂下は海星学園の姿勢を批判する記事を何度か書いてくれたこともある。大助は堂下の指示に従っていた。

それにもかかわらず、あっさり担当を降りるという。後任の記者の紹介もない。大助は「引き継ぎもなく、勇斗の事件はもう追いかけてくれないのだろうな」と感じた。

大助にとって、これが堂下との最後のやりとりとなった。なぜ堂下は、海星学園は批判しても、県は批判しないのか。大助の中に疑問が残った。

知事に質問しただけで

共同通信の石川は、勇斗のいじめ自殺事件を追い続けていた。

大助と堂下の最後の会話から約1カ月がたった12月25日。石川は、当時の長崎県知事・中村法道の記者会見で、「突然死追認」への県トップとしての見解を質した。

「当時の県の担当者だった松尾修前参事、現在の西彼杵高の校長が、学校側による自殺の偽装提案を追認していたことが判明しました。知事はどう受け止めているのでしょうか」

これに対し、中村は「私はやりとりの詳細を承知しておりませんけれども、追認したということではないんではないかと私は理解いたしております」と述べた。

ここで、総務部長の大田圭が割って入る。

「私から申し上げます」

石川が尋ねている相手は、知事の中村だ。石川は「すみません、知事に聞いてるんで、知事に」と言った。だが、大田は石川を無視して喋り続ける。

「事実関係だけです。事実関係としましては、追認という発言が、本人からも聞き取りしておりますけれども、追認の意図ということではありませんが、不適切な発言であったという形で、本人も申しているという状況であります」

石川はその後も知事の中村に食い下がったが、他の記者の質問もあるため、やむなく質問を終えた。

記者会見で県幹部の名前出せば「名誉毀損」?

記者会見が終わった後、石川のもとへ大田が飛んで来た。

「知事にあんなことを聞くなんて、ルール違反だ! 」

大田は突然、石川を怒鳴りつけた。

「一連の流れの中で(突然死はギリ許せると松尾修は)言っているわけですよ。それを一部だけ切り取って、そこの反応どうなんだ、とこの場でぶつけるのやめてもらえますか」

大田の主張は筋が通っていない。そもそも11月18日には、大田自身が記者会見に臨み、記者の前で県側の非を認めている。その上で、石川は知事の見解を問うているだけだ。

石川は、興奮する大田と口論になった。

そこへ、一人の人物が近づいてきた。

長崎新聞の堂下だ。大田と石川の間に割って入り、石川に向かって言った。

「YouTubeで会見は流れるのだから、個人名を出すというのは名誉毀損になりかねない。あなたはあなたで質問しても良いかもしれないが、記者クラブの問題になってくる。そこら辺を自覚してやってもらわないと。県政記者クラブとしても、あんまり行きすぎたことをされると、それはそれなりに対応せざるを得なくなりますよ」

知事会見で松尾の名前を出したことを堂下は言っている。だが、県職員や公立学校の人事異動の際、その氏名は県自身が公表している。しかも堂下は、記者クラブを笠に着て迫ってきた。

なぜ堂下は、道理が通らないことを言ってまで県側を擁護するのか。勇斗の父・大助と同様、石川の中で疑問が湧いた。

ふたりが納得する理由は、1年半後に判明する。

幼少期の福浦勇斗くん=遺族提供

=つづく

(敬称略)

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