保身の代償 ~長崎高2いじめ自殺と大人たち~

知事に「心から感謝した」長崎新聞記者 –共同通信編(6)

2023年05月25日20時03分 中川七海

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長崎新聞の記者・堂下康一は、長崎県を擁護する記事を書いた。共同通信の記者・石川陽一が、記者会見で知事の中村法道を追及した後は、「記者クラブの問題になってくる」と石川に迫った。

だが県は、福浦勇斗(はやと)の自殺を「突然死」とする、海星学園から遺族への提案を追認した。長崎新聞以外のメディアは県を批判し、県自身も記者会見で不適切だったと認めている。

遺族も石川も、なぜ堂下がここまで県を庇うのかよくわからなかった。そんな中、勇斗の母・さおりは、ある記事を発見をする。

「行政監視」よりも「後押し」

2022年3月1日、さおりが長崎新聞を読んでいた時のことだ。前月は知事選があり、541票差という接戦で、新人の大石賢吾が現職の中村に勝った。3月1日は3期務めた中村の、知事として最後の日だった。この日の紙面には、知事交代に関する記事が目立った。

さおりの目に留まったのは、堂下が書いた記事の見出しだ。

<心から感謝>

誰に感謝しているのだろう? 気になって読み始めたさおりは唖然とした。堂下の「感謝」の相手は、知事の中村だったのだ。

20年前の対馬支局時代、ふらっと県対馬支庁(現県対馬振興局)をよく訪ねていた。当時の支庁長は現知事の中村法道氏。気さくな人柄で、取材というより雑談していたことが多かった。

中村氏が12年前、知事選に初めて立候補した際、たまたま居酒屋で居合わせた若い県職員が「中村さんの下でなら働きやすい」と当選を願っていたのは印象的だった。

あからさまに中村を持ち上げる記事は、次のように続いた。

2年前、県庁担当となり、久々に再会した。「立場が人をつくる」と言うように、知事としての威厳が備わっているように感じた。さすがにふらっと知事室を訪ねるわけにはいかないが、忙しい合間を縫って時間を取ってくれた。報道機関の重要な役割は行政の監視とされているが、真面目に施策を進めようとする姿に触れ、後押ししたいとも思った。

堂下は、報道機関の重要な役割が「行政の監視」だと分かっているにもかかわらず、県行政のトップである中村のことを「後押ししたいとも思った」と書いている。「やっぱりそうだったんだ」。さおりは「悔しいし、許せない」と思う一方で、これまでの堂下の言動が全て腑に落ちた。

最後には、こう書かれていた。

中村氏には心から感謝したい。そして肩の荷を下ろしてゆっくり休んでほしい。本当にお疲れさまでした。

約700字。最初から最後まで、中村を讃える内容だった。

長崎新聞・堂下康一記者の記事「心から感謝」(2022年3月1日付)

「人の命はどんな権力よりも重い」

さおりは、仕事から帰宅した大助に堂下の記事を見せた。

「堂下さんは、知事と仲良かったらしいよ。だから、勇斗の件でも県寄りの記事を書いたんだね」

大助は記事を読み、静かに「やっぱりな」と言った。大助は、堂下から電話で直接、「県は悪くない」と言われている。記事を見てすぐに納得した。

さおりは、怒りが収まらなかった。深夜0時を回っていたが、共同通信の石川に堂下の記事をLINEで送った。記事とともに、次のメッセージを付けた。

「県寄りの姿勢だった理由がよくわかりました。人の命は、どんな権力よりも重いものだと思います」

海星学園の不誠実な対応を正してもらおうと、さおりと大助は勇斗が自殺してから約8カ月後に県学事振興課に助けを求めた。だが参事だった松尾修には「学校は遺族の意向を尊重している」と言われた。

県はあてにならないからと、次に期待したのがメディアだ。長崎新聞は地元で影響力があるので頼りにしていた。

さおりと大助にしてみれば、県と長崎新聞の双方に期待を裏切られたことになる。

長崎新聞の堂下は、県を擁護しジャーナリストとしての職務を放棄するような自身の行動をどう考えているのか。堂下なりの言い分はないのか。

私は堂下のメールに質問状を送るとともに、取材を申し込んだ。携帯電話もならした。

だが2023年5月25日20時現在、何の反応もない。

=つづく

(敬称略)

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