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ミャンマー国軍の所有地に年間2億円の支払い 日本政府系銀行が融資するプロジェクトとは

2023年06月07日19時40分 渡辺周

日本ミャンマー協会の前で抗議デモを行う人たち=2021年4月14日撮影

2021年2月1日、ミャンマー国軍が軍事クーデターを起こし、全権を掌握しました。選挙の結果を不服とした国軍は弾圧を続け、国内ではこれまでに約2900人の市民が殺害。民主化を率いてきた国民民主連盟(NLD)の指導者、アウンサンスーチー氏の拘束は今も続いています。

そのミャンマー国軍が2億円超の利益を得るプロジェクトに、国際協力銀行(JBIC)が50億円を融資、海外交通・都市開発事業支援機構(JOIN)が56億円を出資していました。JBICは日本政府が全額出資している銀行であり、JOINはインフラ輸出を進めるため政府がつくった官民ファンドです。

プロジェクトは、国軍が所有する軍事博物館の跡地に、ホテルや商業施設をつくるというものです。

総事業費は380億円。日本の民間企業からは、ホテルオークラや建設大手のフジタが参加します。みずほ銀行、三井住友銀行は、このプロジェクトを後押しする融資団にJBICと共に加わっていました。

軍のクーデター以降、国際社会からの批判が高まっています。ところが日本政府の動きは鈍く、このプロジェクトから手を引きません。

背景には、日本の政財界が一体となってミャンマーにビジネスチャンスを見出している事情があります。アジア地域諸国でのビジネスで中国に押される中、日本はミャンマーを「最後のフロンティア」として位置付けているのです。

ミャンマーでのビジネスを推し進める「一般社団法人 日本ミャンマー協会」の幹部として名を連ねるのは、最高顧問の麻生太郎財務大臣(当時)ら与野党の政治家たちでした。

ミャンマー国軍が市民に銃口を向けた。死者は2021年のクーデター以降、2カ月で700人超。ミャンマー市民は危険を冒して国軍による虐殺を撮影し、SNSで世界に助けを求める。ところが日本政府の腰は重い。背景には、ミャンマーを「最後のフロンティア」としてとらえ、「オールジャパン」で利権に群がる政財界の姿があった。本記事は2021年4月〜7月にかけて配信したシリーズ「ミャンマー見殺し」の抜粋です。事実関係は取材時点で確認が取れたものです。

軍事博物館の跡地に

ミャンマーの最大都市ヤンゴンに、軍事博物館の跡地がある。国軍の所有で、広さは1万6000㎡。東京ドームの3倍以上だ。軍事博物館には、戦闘機や戦車、建国の父といわれるアウンサン将軍が愛用した日本刀など国軍の歴史を物語るものが展示されていた。

軍事博物館は移転し、その跡地で2018年、ホテルやオフィス、商業施設の建設が始まった。開業予定は2021年だ。

このプロジェクトを運営しているのは、現地法人の「Y Complex」社だ。資金は日本側が8割、ミャンマー側が2割出している。事業は社の名前を取って「Y Complex」と呼ばれている。

日本側は官民ファンドのJOIN、建設会社のフジタ、不動産会社の東京建物がY Complexに出資。これらの企業団に、JBIC、みずほ銀行、三井住友銀行が総額150億円の融資をして、プロジェクトを支援する。

ミャンマー側は「Yangon Technical & Trading  Co,LTD」(YTT社)が出資している。

JBICは、2018年12月18日に発表したプレスリリースで次のように記し、日本の官民一体となった取り組みをアピールしている。

「ミャンマーへの日本企業の進出は継続的に増加しており、最大の都市であるヤンゴン市への日本企業の進出意欲は引き続き旺盛であることが見込まれます」

「本融資は、東京建物及びフジタの海外事業を支援すると共に、日本企業のミャンマー進出を支援することで、日本の産業の国際競争力の維持・向上に貢献するものです」

Y Complex社を中心としたカネの流れ (C)Tansa

陸軍司令官室と兵站総局が用地貸し出し

問題は、プロジェクトの用地を所有する国軍に賃貸料が入ることだ。

ここに、跡地についての賃貸契約書がある。プロジェクトの環境アセスメント報告書に付随する書類として、公開されている。日付は2013年10月15日、契約者の名義は以下の通りだ。

貸し出す側

「陸軍司令官室」「兵站総局」

借りる側

「Yangon Technical & Trading  Co,LTD」

陸軍司令官室と兵站総局は国軍の機関。Yangon Technical & Trading  Co,LTD(YTT社)は、日本企業とプロジェクトのために作ったY Complex社の一員だ。

賃貸料金は年間で約2億3000万円。公開されている賃貸契約書では料金の欄が伏せられているものの、ミャンマーのメディア「Myanmar NOW」が、実名のYTT社幹部の話として金額を伝えている。

この問題はミャンマーのNGO 「Justice  For Myanmar」が追い続けていて、日本でもNGO「メコン・ウォッチ」等32団体が、2021年3月4日、麻生太郎財務大臣やJBICの前田匡史総裁、JOINの武貞達彦社長らに要請書を出した。

「日本の公的資金と国軍ビジネスとの関連を早急に調査し、クーデターを起こした国軍の資金源を断つよう求めます」

「陸軍司令官室」「兵站総局」の名前が記載されている賃貸契約書

加藤官房長官の「ごまかし」

しかし、政府もJBICもNGOの要請に応じていない。

JBICはTansaの質問に対して次のように回答した。

「JBIC としては、日本の事業者の今後の対応方針について確認を行いながら、その意向を踏まえるとともに、今後の事態の推移を注視しつつ、日本政府とも必要に応じ連携しながら、適切に対応していきたいと考えております」

当時の加藤勝信官房長官は、2021年3月24日の記者会見でロイター通信の記者に、プロジェクトで賃料が国軍側に入ることを問われて答えた。

「(用地は)ミャンマー企業が国防省から借り、現地事業会社に提供されている。JBICはミャンマー国軍と直接の取引関係はない」

だが、加藤官房長官の発言にある「ミャンマー企業」とは、YTT社のことだ。日本企業と共に、プロジェクトのための現地法人Y Complex社を構成している。プロジェクトにJBICが融資している以上、JBICと国軍が直接やりとりしているかに論点を合わせるのは、ごまかしだ。

「日本ミャンマー協会」最高顧問に麻生財務大臣、理事に加藤官房長官

日本政府の動きが鈍いことに、日本で生活するミャンマー人たちは怒りを募らせる。

4月14日には日本在住のミャンマー人や支援者の日本人ら約80人が、東京・平河町にある日本ミャンマー協会の前に集まった。2時間にわたって「国軍を支援するな! 」「ミャンマーの若者を見殺しにするな! 」と怒りの声を上げた。

デモはなぜ、日本ミャンマー協会の前で行われたのか。

デモを主導したティリ・ティサーさん(29)に、理由を聞いた。ティサーさんは日本に留学した後、日本の生命保険会社で働いている。政治には興味がなかったが、中学時代からの友人3人が国軍に拘束され、「他人事ではない」と思い活動している。

「日本ミャンマー協会には、日本の偉い政治家や日本の大企業が入っていて、ミャンマーへの影響力が大きい。国軍との付き合いも深いです。市民を虐殺する犯罪者集団の国軍ではなく、市民の味方になってほしいのです」

日本ミャンマー協会のウェブサイトを調べると、ティサーさんのいう通り、大物の政治家や財界人が幹部に名を連ね、大企業が会員になっていた。

JBICを監督する立場の麻生太郎財務大臣は、協会の最高顧問。加藤勝信官房長官は理事だ。

プロジェクトの中心であるフジタ、JBICと共にプロジェクトに融資しているみずほ銀行、三井住友銀行も日本ミャンマー協会の会員だった。

ミャンマー国軍に対する影響力があるにもかかわらず、虐殺を止めるために動こうとしない日本ミャンマー協会。この組織は、これまでどのような活動をしてきたのか。

一般社団法人日本ミャンマー協会ウェブサイトより

日本ミャンマー協会は2012年から、活動記録「MYANMAR FOCUS」を発行している。35冊に及ぶこの記録は会員限定で、一般には手に入らない。

私たちは、その35冊の記録を手に入れることができた。記録に基づいて取材を進めていくと、軍人出身の大統領が政権を握っていた2013年、日本政府がそれまでミャンマー政府に貸し付けていた5000億円を、帳消しにした事実に行き当たった。

日本政府の貸し付けた金には、原資に税金が含まれている。その巨額の貸し付け金を、政府はなぜ帳消しにするようなことをしたのだろう。


クーデター直前の2021年1月20日、国軍幹部と会談した日本ミャンマー協会会長・渡辺秀央氏 (右から2番目)「MYANMAR FOCUS 35号」より

国軍司令官「日本は最も信頼がおける国」

ミンアウンフライン国軍司令官がクーデターを起こす1年4ヶ月前、2019年10月10日のことだ。ミンアウンフライン司令官は東京都内のホテルにやってきた。イベントに出席するためだ。日本ミャンマー協会と、協会を年平均2500万円超の寄付金で支援する日本財団が主催し、歓迎パーティーを開いたのだ。来日はこれで3度目。パーティーには、日本ミャンマー協会の役員をはじめ、与野党の政治家が参集した。

麻生太郎・副総理兼財務大臣(日本ミャンマー協会最高顧問)

加藤勝信・厚生労働大臣(日本ミャンマー協会理事)

山口那津男・公明党代表

枝野幸男・立憲民主党代表

金屏風を背景に、ミンアウンフライン司令官があいさつに立つ。軍服ではなく、黒の背広に濃い紫のネクタイ姿だ。向かって左側にはミャンマー国旗、右側には日の丸が掲げられている。

「日本はミャンマーにとって最も友好的な国であり、最も信頼のおける国です。過去の不幸な出来事というものは一つの教訓に過ぎません」

「日本はミャンマーへの債務削減を実施してくださったわけですが、そのお陰で、ミャンマー国民の心理的負担がどれほど軽くなったことか、決して言葉で言い表せません」

国家予算と同額の借金

ミンアウンフライン司令官がいう「債務削減」とは、ミャンマーが日本から借りていた5000億円の債務を、2013年に帳消しにしてもらったことを指す。

ミャンマーの当時の国家予算は、債務と同額の5000億円程度。借金のため国家財政は苦しかった。発電所の建設などを含む、経済の発展に必要な新たなインフラ整備もなかなか進まず、外国からの支援や投資が停滞していた。

一方でミャンマーは、2011年にアウンサンスーチー氏ら「政治犯」が釈放され、欧米諸国が経済制裁を解いた。人口が5000万人で鉱物資源も豊富なミャンマーは「アジア最後のフロンティア(新天地)」として海外からの期待が高まっていた。

「債務を帳消しにすることで、ミャンマーへの日本企業の進出を促進できないか」

そう考えたのは、民主党政権で官房長官を務めた仙谷由人氏だった。仙谷氏は2012年の日本ミャンマー協会の発足時から、副会長・理事長代行として運営に深く関与していた。

アウンサンスーチー氏が釈放され、軍事政権が終結したといっても、大統領が国軍出身のテインセイン氏の時代だ。アウンサンスーチー氏は仙谷氏に会い、強く迫った。

「5000億円の帳消しはやめてください。現政権を応援することになります」

だが、仙谷氏はこう返した。

「今はあなたが政権を持っていなくても、借金を帳消しにすることで、現政権が生活基盤やインフラの建設をやっている。あなたが政権についた時に役に立つようなことをやってくれているのだから、喜んで受ければいい話ではないでしょうか」

外務・経産・財務が「絶対に避けたいこと」

その後、2012年12月に民主党から自民党に政権交代し、政治体制が変わっても借金帳消しの方針は変更されなかった。

麻生副総理兼財務相・金融相は、財務省に借金帳消しの政策を進めさせた。自身は第2次安倍政権の閣僚として、2013年1月にミャンマーに一番乗りで訪問し、テインセイン大統領と会談した。

借金を帳消しにした大きな目的は、日本企業の進出だ。日本政府は借金を棒引きにすることで、日本企業が進出しやすいようミャンマー政府に「恩を売った」のだ。借金を帳消ししただけでなく、新規に200億円の無償援助と510億円の円借款まで付け加えた。

ミャンマー支援について2013年5月、外務省の梅田邦夫・国際協力局長が日本ミャンマー協会の臨時総会に呼ばれて講演した。

梅田局長は、ミャンマーへのインフラ輸出についての戦略を閣僚の会議で練ったことや、企業進出のための官民合同チームを持っているのは対ミャンマーだけであることを説明した。その上でいった。

「日本の円借款を出して、(事業は)第三国である中国や韓国の企業に受注されるようなことは絶対に避けたい。我々政府関係者にとって強い望みです」

ただ、途上国への援助について国際ルールを作る「DAC」(経済協力開発機構「OECD」の委員会)は、日本も含めたDACの加盟国に次のような趣旨の勧告している。

「援助と自国企業の受注を引き換えにする『ひも付き援助』は減らすように」

梅田局長はいった。

「今、(日本の)関係各省は、国際ルールを守りながら日本企業の受注が有利になるような仕組みを考えられるのではないかと、知恵を出して検討しています」

「日本企業の受注が有利になる仕組み」を各省庁で検討するにあたっては、懸念を示し、日本ミャンマー協会にこう協力を求めた。

「DACは、ルール違反に関して非常に厳しい目を持って監視しています。したがって日本はこんな施策を行ったということをあまり宣伝しない方がいいのかなという配慮も必要かと思います。場合によっては静かな形で行うこともあろうかと思います。その時は協力をよろしくお願いいたします」

与野党の政治家、官僚たちは一致して、ミャンマーに日本企業を進出させようと躍起になっていた。

ミャンマー国軍が市民に銃口を向けた。死者は2021年のクーデター以降、2カ月で700人超。ミャンマー市民は危険を冒して国軍による虐殺を撮影し、SNSで世界に助けを求める。ところが日本政府の腰は重い。背景には、ミャンマーを「最後のフロンティア」としてとらえ、「オールジャパン」で利権に群がる政財界の姿があった。本記事は2021年4月〜7月にかけて配信したシリーズ「ミャンマー見殺し」の抜粋です。事実関係は取材時点で確認が取れたものです。

シリーズ「ミャンマー見殺し」をもっと読む:

巨大工業団地ティラワ/日本ミャンマー協会会長の「剛腕」(3)

ニューズウィークが記事取り下げ/日本ミャンマー協会からの抗議受け(4)

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