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国葬は何が問題なのか 法的根拠めぐる協議文書を未作成/廃棄? 食い違う岸田首相と内閣法制局

2023年06月09日13時41分 渡辺周

写真=首相官邸ホームページより

2022年9月27日、安倍晋三元首相の国葬が行われました。弔意の強制につながることや税金の使い道として納得できないと反対する声も上がり、国民の意見が二分した状態での実施でした。

この国葬を閣議決定で行うことに、法的根拠はあったのでしょうか。

岸田文雄首相は、内閣法制局と「しっかり調整した上で判断した」と述べました。内閣法制局とは、行政が憲法や法律を遵守して仕事をしているかチェックする「法の番人」です。

ところが、Tansaが内閣法制局に情報公開請求をかけたところ、公開されたのは「応接録」と呼ばれる文書1枚のみ。記されていたのは、首相側から国葬を閣議決定で行うことについて相談を受け、「意見なし」と回答した旨だけでした。

内閣法制局は、本当に何の意見も首相側に伝えなかったのでしょうか。意見を言わず首相側の話を聞いていただけならば、岸田首相の「内閣法制局としっかり調整した」という言葉はウソになります。

Tansaは首相側から相談を受けた際のやりとりの詳細を公開するよう求めましたが、内閣法制局はそれを記録した文書の存否すら隠蔽しました。

安倍元首相の国葬を閣議決定で行うことは、法にのっとっているのか。官邸側は内閣法制局との協議の記録を「未作成」または「廃棄」したとする。仮に廃棄したのであれば公文書管理法違反だ。記録を残し、検証するという民主主義社会の根幹が揺らいでいる。本記事は2022年9月〜2023年1月にかけて配信した国葬文書隠蔽に関する記事の抜粋です。事実関係は取材時点で確認が取れたものです。

内閣法制局が開示した7月12日〜14日の「応接録」

内閣法制局がTansaの情報公開請求に対して公開したのは、「国の儀式として行う総理大臣経験者の国葬儀を閣議決定で行うことについて」というタイトルの「応接録」だ。

応接録には、内閣法制局の乗越徹哉参事官らが7月12日から14日にかけて、内閣官房内閣総務官室、内閣府大臣官房総務課から相談を受けたことが記録されている。「備考欄」には「近藤長官、岩尾次長及び木村第一部長に相談済み」とあり、「相談・応接要旨」について次のように書かれている。

「標記の件に関し、別添の資料の内容について照会があったところ、意見がない旨回答した」

しかし、岸田首相は7月14日の記者会見で、国葬を閣議決定で行うことについて表明。次のように語っている。

「これにつきましては、内閣法制局ともしっかり調整をした上で判断しているところです。こうした形で、閣議決定を根拠として国葬儀を行うことができると政府としては判断をしております」

つまり、岸田首相は内閣法制局との協議内容を支えにして、国葬を閣議決定で実施すると述べているのである。内閣法制局が何も意見を言わなかったはずがない。内閣法制局は、その役割の一つである「意見事務」についてホームページでこう書いている。

「各省庁から求めがあったときは、内閣法制局は、これに応じてその法律問題に対する意見を述べることとされております。このような事務を意見事務と呼んでいます」

メモも取らずに「記憶」で仕事?

Tansaが請求していたのは以下の文書だ。

①安倍晋三・元首相の国葬について、内閣法制局内で協議した文書一切

②安倍晋三・元首相の国葬について、内閣法制局外とやりとりした文書一切

請求文書に「一切」という言葉をつけているのは、内閣法制局が自分たちに都合のいい文書だけを出してこないようにするためだ。

しかし、内閣法制局が公開したのは、たった1枚の「応接録」。7月12日から14日にかけて3日間も協議を重ねておきながら、1枚しか文書がないはずがない。

私は9月6日、意見事務を所管する内閣法制局第一部の職員に電話した。私が伝えたのは以下の点だ。

「7月12日から14日にかけての協議内容を記録した文書があるはずだ。こちらが求めたのは、国葬についてやりとりした『文書一切』だ。これは情報公開法に基づく請求であり、内閣法制局は法律に沿った対応をする必要がある。なぜ応接録1枚しか出てこないのか、首相側と協議した乗越参事官に会って説明を受けたい」

職員は私の伝言を乗越参事官に伝えるため、いったん電話を切った。その日のうちに折り返し私の携帯に職員から電話があった。

「乗越参事官に確認したところ、保有している行政文書はあれだけとのことです」

これはおかしい。情報公開法は第二条の2で行政文書について次のように定義している。

この法律において『行政文書』とは、行政機関の職員が職務上作成し、又は取得した文書、図画及び電磁的記録であって、当該行政機関の職員が組織的に用いるものとして、当該行政機関が保有しているものをいう

つまり職員が仕事で作成し、組織内で共有している文書は、メモやメールも含め全て行政文書にあてはまる。

国葬について首相側と協議しているなら、内容を詳細に記録した文書があるはずだ。公開した応接録の備考欄には「近藤長官、岩尾次長及び木村第一部長に相談済み」とあるから、幹部たちへの報告文書もあるはずだ。

私は再度、乗越参事官に確認するよう求めて電話を切った。

翌日の9月7日、職員から私の携帯に「結論は変わらない」と連絡があった。乗越氏に確認した結果だという。

私は「メモも記録も取っていないのか。あなたたちは記憶で仕事をしているのか」と聞いたが、「行政文書はありません」と繰り返すだけ。乗越参事官の見解である以上、いくらこの職員を問い詰めても埒が明かない。私は電話を切った。

7月14日の資料をもとに、7月12日に協議 ?

官邸側はそもそもどんな相談を持ちかけたのか。その内容を示す文書を、官邸側が新たにTansaに開示した。

そこには、内閣法制局が先に開示した文書とはつじつまが合わない日付が記されていた。

内閣法制局の応接録によると、乗越徹哉参事官ら法制局の担当者が相談を受けたのは7月12日〜14日。官邸側は、内閣官房内閣総務官室と内閣府大臣官房総務課の担当者だ。「相談・応接要旨」には、以下のように書かれている。

「別添の資料の内容について照会があったところ、意見がない旨回答した」

「別添の資料」とは何なのか。これをもとに、内閣法制局と官邸側が7月12日〜14日に協議したのだから重要である。Tansaが開示請求をしていたところ、官邸側が新たに4枚の文書を開示した。

資料のタイトルは「国の儀式として行う総理大臣経験者の国葬議を閣議決定で行うことについて」。内閣官房と、国葬事務局を置く内閣府の連名になっている。

資料の日付は、令和4年7月14日。

しかし、前後関係が矛盾している。応接録では、官邸側からこの資料の内容について照会を受けたため、内閣法制局が7月12日から相談を受けたことになっている。本来ならば、資料の日付は7月12日以前でなければおかしい。

これは、7月12日と13日に両者が話し合った内容を隠蔽するための工作だと私は考える。

7月14日付の資料は、両者がすり合わせをした後の資料なのだ。それに対して、内閣法制局は「意見なし」と回答する。官邸側が内閣法制局のお墨付きを得た記録を残すためのアリバイづくりを試みたのである。

ただ、内閣法制局の応接録には、7月12日から相談を受けていたことが記されていた。このため、アリバイ工作が露見したのだ。

Tansaが開示請求で入手した文書

官邸の7月14日付文書詳細

官邸側が内閣法制局に対して7月14日に示した資料の詳細は以下の通りだ。国葬に関する戦前からの経緯を記した上で、国葬を閣議決定で実施することについて、「国費をもって国の事務として行う葬儀を、将来にわたって一定の条件に該当する人について、必ず行うこととするものではない」ことなどを理由に正当化している。

1 国葬令に基づく葬儀(戦前)

(1)一般に国葬とは、国が国家の儀式として、国費で行う葬儀のことをいうこととされている(小学館 日本大百科全書(村上重良))。

大正15年に制定された国葬令(大正15年勅令第324号)においては、天皇、太皇太后、皇太后、皇后の大喪の儀、皇太子、同妃、皇太孫、同妃、摂政たる親王、内親王、王、女王の葬儀のほか、国家に偉功ある者(皇族含む。)が莞去又は死去した場合における特旨による国葬が定められていた(特旨は勅書をもってし、内閣総理大臣が公告)。

※岩倉具視、島津久光、伊藤博文、大山巌、山県有朋、松方正義、東郷平八郎、西園寺公望、山本五十六など、皇族8名・一般人12名について、特旨により国葬を実施。

(2)国葬令第4条において、葬儀を行う当日は、「国民喪ヲ服ス」こととされており、これに基づき、官庁・学校は休みとなり、歌舞音曲は停止又は遠慮、全国民は喪に服し、国葬を厳粛に送ることとされていた。

(3)国葬令は、法律を以て規定すべき事項を規定するものであったことから、日本国憲法施行の際現に効力を有する命令の規定の効力等に関する法律(昭和22年法律第72号)第1条の規定により、昭和22年末に失効した。

2 戦後における内閣総理大臣経験者の葬儀

(1)戦後の内閣総理大臣経験者の葬儀に関する内閣(国)の関与については、当該者の功績、大方の国民の心情や御遺族のお気持ち等々を総合的に勘案して、個々のケース毎に相応しい方法がとられている。

(2)具体的には、内閣(国)が関与した葬儀の形式としては、①国の儀式として行う国葬儀②内閣の行う儀式として行う内閣葬がある。

(3)その執行者について、過去の実施実績を見ると、国葬儀は国が単独の執行者となっているのに対し、内閣葬については、内閣に加えて、自由民主党、衆議院等と合同で行われている。費用負担については、自由民主党と合同で行われる場合(内閣葬)には、自由民主党と概ね折半している。

※なお、御遺族が公費での葬儀を固く辞退され、葬儀の実施に内閣(国)が関与しなかったこともある(海部元総理)。

3 閣議決定を根拠として国葬儀を行うことについて

(1)過去、国葬儀の形式で実施された昭和42年10月の吉田元総理の葬儀については、閣議決定を根拠として行われた。

(2)この点については、

①国の儀式を内閣が行うことについては、行政権の作用に含まれること

②国家の賓客として、国の費用で接待(皇居での歓迎行事や宮中晩餐等を実施)される国賓の招致決定についても、行政権に属するものとし て、閣謙決定により行われていること

③また、現行の内閣府設置法においては、「国の儀式に関する事務に関すること」が明記されており(内閣府設置法(平成11年法律第89号)第4条第3項第33号)、国葬儀を含む「国の儀式」の執行は、行政権に属することが法律上明確となっていること

④国費をもって国の事務として行う葬儀を、将来にわたって一定の条件に該当する人について、必ず行うこととするものではないことから、閣議決定を根拠に国の儀式である国葬儀を実施することは可能であると考えられる。

7月12日と13日に官邸側と内閣法制局は何を話し合ったのか。Tansaは9月26日、協議の記録について、新たに官邸側に開示請求をした。結果は不開示。協議内容を記録した文書は「作成していない」か、「廃棄した」というのが理由だった。

この理由が本当ならば、公文書管理法に抵触する。

公文書管理法の四条と六条に抵触

文書の不開示理由は以下だ。

「本件対象文書については、作成又は取得しておらず、若しくは廃棄しており、保有していない」

内閣府大臣官房も10月28日、原宏彰官房長名で不開示決定した。

「開示請求に係る行政文書を作成、取得しておらず、保有していない」

しかし、これらは公文書管理法違反である。

同法はその目的を次のように定めている。

この法律は、国及び独立行政法人等の諸活動や歴史的事実の記録である公文書等が、健全な民主主義の根幹を支える国民共有の知的資源として、主権者である国民が主体的に利用し得るものであることにかんがみ、国民主権の理念にのっとり、公文書等の管理に関する基本的事項を定めること等により、行政文書等の適正な管理、歴史公文書等の適切な保存及び利用等を図り、もって行政が適正かつ効率的に運営されるようにするとともに、国及び独立行政法人等の有するその諸活動を現在及び将来の国民に説明する責務が全うされるようにすることを目的とする。

内閣官房と内閣府の双方が挙げている文書の未作成については、同法の第四条に抵触する。

行政機関の職員は、第一条の目的の達成に資するため、当該行政機関における経緯も含めた意思決定に至る過程並びに当該行政機関の事務及び事業の実績を合理的に跡付け、又は検証することができるよう、処理に係る事案が軽微なものである場合を除き、次に掲げる事項その他の事項について、文書を作成しなければならない。

「次に掲げる事項」は5項目あるが、閣議決定で実施された国葬に関する今回の文書は、四条の第二項に該当する。

閣議、関係行政機関の長で構成される会議又は省議(これらに準ずるものを含む。)の決定又は了解及びその経緯

内閣官房の方が不開示理由に挙げている文書の廃棄は、第六条に抵触する。

行政機関の長は、行政文書ファイル等について、当該行政文書ファイル等の保存期間の満了する日までの間、その内容、時の経過、利用の状況等に応じ、適切な保存及び利用を確保するために必要な場所において、適切な記録媒体により、識別を容易にするための措置を講じた上で保存しなければならない。

しかし、国葬をめぐっては国論が大きく二分し、学者からは憲法違反の指摘が出た。その法的な正当性を担保するため、岸田首相が支えとしたのが、内閣法制局との7月12日から3日間の協議である。この重要な協議を記録していないということも、廃棄していることもあり得ない。文書を隠蔽しているのである。

記録文書なしで有識者は国葬を検証できるのか

国葬について岸田政権は、憲法、行政法、外交など各分野の教授などの有識者20〜30人をヒアリングして検証結果を発表することにしている。有識者たちは、岸田首相が国葬実施の拠り所とした内閣法制局との協議記録なしで、どうやって議論したり、意見を述べたりするのだろう。国民を愚弄した、意味のない茶番である。

森友学園と安倍政権との問題では、佐川宣寿・元財務省理財局長が国会で「森友学園との交渉記録は廃棄した」と虚偽答弁をした。

国家の重要事項を検証する公文書を、平然と隠蔽するような政府になぜ、いつからなったのか。私は岸田首相に対し、行政不服審査法に基づいて審査請求を行なった。結果が出次第、続報する。

松田浩樹・内閣官房内閣総務官が2022年10月28日に出した「行政文書不開示決定通知書」

安倍晋三元首相の国葬を閣議決定で行うことは、法にのっとっているのか。官邸側は内閣法制局との協議の記録を「未作成」または「廃棄」したとする。仮に廃棄したのであれば公文書管理法違反だ。記録を残し検証する民主主義社会の根幹が揺らいでいる。本記事は2022年9月〜2023年1月にかけて配信した国葬文書隠蔽に関する記事の抜粋です。事実関係は取材時点で確認が取れたものです。

国葬文書隠蔽に関連する「編集長コラム」:

国葬と孤独死(19)

フェイクニュースより怖いもの(29)

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