ピックアップシリーズ

大阪・摂津市で日本一のPFOA水質汚染 原因はダイキンの工場

2023年06月14日14時08分 中川七海

「PFAS(ピーファス)」と呼ばれる化学物質を聞いたことはありますか。

PFASとは、人工的に作られた有機フッ素化合物の総称です。4700種類以上の物質がPFASに分類されますが、その代表格が、「PFOA(ピーフォア)」と「PFOS(ピーフォス)」です。半導体の生産工程など産業用に使われるほか、フッ素加工のフライパンや化粧品、ハンバーガーの包み紙など、身近にあるさまざまな製品に利用され、私たちの生活を支えてきました。

ところが、その危険性が世界中で指摘されています。発がん性をもち、甲状腺疾患や妊娠高血圧症といった健康被害のほか、母体を通して胎児が吸収すると低体重児になるなどの深刻な影響が明らかになったのです。PFOAとPFOSは、PFASの中でも毒性が強い上、自然界では分解されにくく残留性が高い特徴があります。このため、人間の体内に長く蓄積し、作用することがわかっています。

2000年代初頭、米国ではPFOAの生産を段階的に廃止することが決まり、各国でも規制に向けた法制定が進められてきました。2019年には、日本も批准する国際条約「ストックホルム条約」で、PFOAが最も危険なランクの化学物質に分類され、廃絶すべき化学物質に認定されました。ストックホルム条約で議題に上がるのは、人体に悪影響を及ぼすほどの強い毒性をもつ上、残留性が高い有害物質です。

これを受け、日本でも2019年にPFOS、2021年にPFOAの製造と輸入が法律で禁止されました。2023年1月には、内閣府と環境省がそれぞれにPFAS対策のための審議会を立ち上げました。環境基準の制定や、日本全国に広がる汚染への対応に向けた議論が行われています。

そんな中、全国でもっとも高濃度のPFOA汚染が確認されたのは、大阪府です。汚染源は、1960年代からPFOAを製造・使用していたエアコンメーカー大手「ダイキン工業」の淀川製作所でした。大阪府摂津市にある工場です。

これは大規模な公害につながる、「令和の水俣病」ではないでしょうか。私たちは取材を始めました。

「PFOA」は、フッ素加工のフライパンや撥水加工の衣服に使われている化学物質だ。だが胎児への影響や、発がん性が判明。日本では2021年10月に製造が禁止された。その矢先、大阪・摂津市の住民の血液から高濃度のPFOAが検出される。近くにはPFOAを製造してきたダイキンの工場。なぜ、住民の体内に蓄積するまで製造を続けたのか。本記事は2021年11月から継続中のシリーズ「公害PFOA」からの抜粋です。事実関係は取材時点で確認が取れたものです。

全国調査で判明したPFOA水質汚染

2020年6月、環境省が行う地下水や河川の全国調査の結果が報じられた。世界中でPFOAの毒性が認められていることや、国際条約でPFOAが最も危険なランクの化学物質に認定されたことを受け、環境省でも情報を集める目的で実施された調査だ。PFOAを扱う事業者の工場近辺など、PFOAの排出源に近い全国171箇所を調べた結果だった。

摂津市の値はダントツだ。環境省が定める目標値の36倍のPFOAが検出された。

環境省の「令和元年度PFOS及びPFOA全国存在状況把握調査の結果について」(2020年6月11日発表)より、検出値の上位10地点を抜粋

摂津地域でのPFOA汚染は、地下水や河川にとどまらなかった。

2021年11月、京都大学名誉教授の小泉昭夫氏(環境衛生学)が、摂津市内にあるダイキンの工場「淀川製作所」周辺の住民に血液検査を実施した。その結果、検査を受けた9人全員から高濃度のPFOAが検出された。最も高かった住民は、非汚染地域の住民の70倍の値だった。小泉氏は次のように解説する。

「食べた量に加え、田畑の場所や作物の種類によって検出量は異なりますが、この地域一帯がPFOAに汚染されているのは明らかです」

淀川製作所から7メートルの場所に畑をもつ吉井正人(仮名,69)は、血液から非汚染地域の住民の38倍のPFOAが検出された。吉井は、祖父が戦前から耕してきた畑で、井戸水を使い農作物を育ててきた。生まれた時から畑の収穫物を家庭で食べ続けてきた。吉井は言う。

「昔から、畑いじりが楽しみやってんけどね。採れた野菜は、家族で食べていました。もう自分は年やから諦めますけどね、子どもや孫たちが心配です」

住民の身体に蓄積するほど汚染が広がった原因は、ダイキンにあった。摂津市にあるダイキン淀川製作所では、1960年代後半からPFOAを製造・使用していた。

2008年にも人体への高濃度の暴露が判明している。京都大の研究チームによる調査の結果、摂津市内の女性60人の血液から、60人の平均で非汚染地域の6.5倍を超える高濃度のPFOAが検出されていたのだ。女性たちは地下水で育てた野菜などを食べていなかった。原因は淀川製作所から排出される空気だった。PFOAによる大気汚染まで起こっていたのだ。

2021年10月23日に行なわれた住民の血液検査=大阪・摂津市で(撮影/中川七海)

自宅にやってきたダイキン社員

2020年6月、淀川製作所近くに住む吉井の自宅を、作業着をまとったダイキン総務課の50代の社員2人が訪れた。数日前、テレビで摂津市内のPFOA汚染状況のニュースをみた吉井が呼んだのだ。

吉井はダイキン工業淀川製作所から7メートルの場所に畑を持っている。井戸水で水やりをし、ナスやジャガイモなど採れた野菜を日常的に食べていた。自身の体に、PFOAが入っているか心配になった。

吉井の心配をよそに、ダイキンの社員は1枚の紙をカバンから取り出して言った。

「グラフにあるように、この地域のPFOAの値は下がってきています。お宅の井戸水も大丈夫ですよ」

そう言われても吉井は信じられなかった。

「うちの畑の野菜や土、井戸水、私と家族の血液を検査してくれませんか」

だがダイキン社員は、同じ紙を指差しながら「数値が下がっていますし、個人の要望は受けられません」と断った。30分ほどで帰っていった。

ダイキン社員に検査を断られた吉井が、京都大の小泉氏に検査をしてもらったのは、その翌月のことだ。2021年10月にも再検査を受けた。ダイキン社員の言葉とは裏腹に、いずれも高濃度のPFOAが出た。

自宅にやってきた社員は2人とも、吉井とは顔なじみで地域住民との窓口を担う社員だ。吉井は言う。

「会社が決めたストーリーを伝えにきたことはすぐにわかった。それでこちらが納得するとダイキンは思ってるんやろうな」

ではなぜダイキンは吉井が納得すると踏んでいたのか。理由について、吉井は「ダイキンはこれまでも公害問題を起こしていて、地域住民はいなされてきたんです」と語る。

その「公害問題」の始まりに、生物が犠牲になった事件がある。牛47頭が死亡した68年前の事例だ。淀川製作所がPFOAとは別のフッ素化合物を製造していた最中に起きた。

「モーモー」と2回鳴いてバタン

1953年、西野忠義(78)は、ダイキン淀川製作所から1キロにある大阪市東淀川区の農家の子どもだった。あたり一帯は田畑で、100軒ほどの農家があった。

西野の日課は、農耕用に飼っていた牛の世話だ。西野は牛のことが「大好き」。農耕作業がない日は小学校へ行く前に、近くの河川敷へ連れて行った。10メートルほどのロープにつないで淀川の水を飲ませたり、草を食べさせたりした。学校が終わると牛を迎えに行き、牛舎まで連れて帰った。

10月、西野が近所を歩いていると、牛の鳴き声が聞こえた。声の方を見ると、農耕作業をしていた他の農家の牛が倒れている。牛の近くにいた人たちが近寄ると、すでに死んでいた。

牛の突然死は、2〜3年に渡って発生した。​​病気をもっていたり、暴れたりする前触れはない。東淀川区で36頭、摂津市で11頭が死んだ。西野が大切に世話をしていた牛も犠牲になった。新たに仔牛を1頭飼ったが、その仔牛も同じように死んだ。

「モーモーって2回鳴いたら、バタンと倒れて死ぬねん。みんな同じ死に方やった」

当時の新聞記事。ダイキン工業淀川製作所が発行した『本館解体にあたって〜72年の歩み そして 新たな未来〜』より

「耕運機でごまかされた」

地区では、人も死んでしまうのではないかという不安が広がった。子どもから大人まで地元の公民館に集められ、行政による一斉の検査が行われた。西野も採血や便の検査をしたが、異常は見つからなかった。

一体何が関連しているのか。大阪府や大阪市も動き出した。大阪府農林部畜産課や大阪市立衛生研究所衛生化学部など19の機関による調査が進められた。その結果死因は、ダイキン淀川製作所から流出したフッ素化合物による心臓障害であると調査チームは考えた。製作所のフッ素化合物を含んだ汚染水が、川や灌漑用水に流れこみ、それを牛が飲んでしまったのだ。

農家たちは、農作業に必要な牛が死んで困り果てた。

そこへある日、ダイキンから耕運機が届けられた。西野の住む地区には5つの自治会があった。それぞれ1台ずつ、全部で5台の耕運機を無償でダイキンから与えられた。牛がしていた農地の整備作業の穴を、耕運機が埋めた。

だが牛が大好きだった西野は納得がいかない。ダイキンは、牛が死んだ理由も耕運機を配る理由も説明しなかったからだ。西野は言う。

「あの時農家は、耕運機でごまかされてもうた」

恩恵と代償を引き受けた「ダイキン城下町」

フッ素化合物の開発に、ダイキン淀川製作所は1940年代から力を入れてきた。高度な技術が必要とされ、ダイキンは常に米国の後を追った。最大のライバルは、デュポンだ。

そのデュポンが、PFOAを使ったテフロン加工の製品を1950年代後半に大ヒットさせる。ダイキンも1960年代後半には、PFOAの製品化に成功する。以後ダイキンは、PFOAビジネスで日本市場から利益を上げていく。

フッ素事業が盛んになる一方、この頃から工場施設の周辺では公害が頻発した。

1955年6月、工場からフッ素ガスが漏れ出し、地域の田んぼの稲が枯れた。1963年5月にも農作物が被害を受け、その年の11月に農家が抗議のため製作所に押し寄せた。

1970年代、ダイキンは「公害対策」に動く。

相次ぐ公害を受け、1971年には社内に「公害防止対策委員会」を設置する。

しかし改善するどころか、公害は止まらなかった。

1973年6月、摂津だけではなく隣の大阪市東淀川区までフッ素ガスが到達し、事態が悪化。農家が育てた野菜が焼け焦げた上、340世帯が避難を強いられる事態に発展した。

製作所の周辺住民への対処方法を考えたダイキンは1973年8月、淀川製作所に住民との窓口になる「地域社会課」をつくった。責任者は、製作所の井上礼之副所長(現・会長)だ。

さらにダイキンは地域社会課を中心に、盆踊り大会を計画したりバスツアーを毎年開催して、住民を招待した。多くの地域住民を雇用し、行政にも税収で貢献。恩恵をもたらした。

次第に「ダイキン城下町」が築かれ、淀川製作所がある摂津市は恩恵の代わりに、大きな代償を引き受けることになったのだ。

ダイキン工業淀川製作所の近くを流れる用水路(撮影/荒川智祐)

市民への周知を渋るダイキン

ダイキンが1960年代以降、PFOAの製造・使用を続ける中、行政は一体何をしていたのだろうか。

私は摂津市長の森山を取材した

市民の健康を守るため、本来であればダイキンに対して汚染対策やPFOA除去を求める立場にある大阪府も、甘い対応を続けていた。

Tansaが情報公開請求や取材で入手した非公開会議の議事録から、以下が判明した。

2007年11月、府環境保全課と事業所指導課によるダイキン幹部への聴取

聴取にあたった府の職員が、ダイキンにPFOAの排出量を質問。しかしダイキンは、「企業秘密」を理由に報告を拒否。府もそれ以上は尋ねず。

2009年8月、府環境保全課とダイキン担当者との打ち合わせ

府が「ダイキン淀川製作所の盆踊り大会等の機会を利用して、環境対策への取り組みを参加者に伝えてはどうか」と提案したが、ダイキンは拒否。

ダイキンは「現在のところ、地元からのPFOAについての問い合わせ等もなく、かえって不安をあおってしまうことになるのなら、もうすぐ全廃ということもあり、できるだけ触れないようにしたい」。

2009年10月には、ダイキン・大阪府・摂津市の3者による定例会議がこれも非公開でスタートした。しかしダイキンは、地元住民を預かる摂津市が参加しても、引き続き汚染実態を市民に周知することに否定的だった。

初回の会議での、ダイキン担当者の発言。

「会議内での情報としてとどめておいていただきたいが、米国EPAでは2015年にPFOA全廃を禁止物質とする動きがある」

ダイキンは住民への説明を拒み、これ以上の汚染を防ぐ対策を怠り続けたのだ。

他方、ダイキンは米国で別の顔を見せていた。米・アラバマ州のテネシー川でPFOAが検出され、2018年に原告とダイキンの間で和解が成立したのだ。ダイキンが400万ドル(約4億4000万円)を支払うことが決まり、支払い金は、PFOAを飲料水から除去する費用にも充てられた。

しかし、国内での無責任な対応は今も変わらない。2022年1月にダイキンが摂津市議に提出した見解では、淀川製作所敷地外の調査、浄化、住民への対応を実施しないと記されていた。

これを受け、ついに摂津市議の全員が動く。

2022年3月29日、市議会はダイキンによるPFOA汚染の対応を求める国への意見書を、全会一致で可決した。

市民も行動した。

2022年4月、市民からなる「PFOA汚染問題を考える会」が、ダイキンへ情報公開と汚染対策を求めるよう、市に要望書を提出。要望書には市民ら1565人分の署名を携えた。署名の85%が摂津市民のものだ。

だがダイキンはPFOAの健康への影響を、ウェブサイトですら周知していない。

「PFOAに関する当社の取り組み」のページには、冒頭にSDGsのロゴが掲載され、「安全な水とトイレを世界中に」「つくる責任、つかう責任」とある。

本文では、2015年にPFOAの製造を終了したことについては書かれていた。「持続性のある化学物質管理の一環」がその理由だという。

ダイキン工業淀川製作所近くの道路沿いに立つ看板

今も敷地外にPFOAを排出

さらに、衝撃の事実が判明した。ダイキン工業淀川製作所が、今も敷地外へPFOAを排出していたのだ。

ダイキンは、PFOAの製造を2012年にやめたと公表した。だが工場敷地内には今も高濃度のPFOAを含んだ地下水が蓄積している。ダイキンは地下水を「浄化」した上で、下水処理場に排出。下水処理場を通過した後は、淀川に流れ込み一部は飲料水となる。

しかし、ダイキンが排出するPFOA汚染水の濃度が一体どの程度なのか、いくら市民が濃度を公開するよう求めても、ダイキンは拒み続けている。

市民の心配は募るばかりだ。

京大研究者の指摘

大阪・摂津市民からなる「PFOA汚染問題を考える会」は、再び署名活動を行った。

2023年3月8日、環境省に対して2万3788人分の署名を提出。摂津市で全国一の高濃度PFOA汚染が広がっている課題への対応を、行政やダイキンに求める内容だ。

署名提出を終えた後、考える会の市民たちが記者会見を開いた。会見には、国内におけるPFOA研究の先駆者である京都大の小泉氏と、同大学准教授の原田浩二氏が同席した。報道陣からの科学的な質問には、小泉氏と原田氏が市民に代わって対応した。

琉球新報の記者が質問した。

「ダイキンが流しているPFOAは、2012年には製造は終わっている。ということは、現段階では流出はないということでいいですか」

原田氏はこう答えた。

「地下水を集めてそれを今(下水に)流している。だからこれは実際のところ、排出はまだしていると考えた方がいい」

どういうことか。

「対策」という名の汚染

ダイキンは、淀川製作所周辺のPFOA汚染に対して、2つの「対策」を掲げている。

1つは、淀川製作所の外周に打つ遮水壁だ。地下に鉄の板を打ち込み、汚染水が敷地外に流出しないようにする。

もう1つが、淀川製作所内にあるPFOAを含んだ地下水を汲み上げ、浄化し、公共下水へ流すというものだ。現在、年間6万トンの地下水を汲み上げている。京大の原田氏が「排出はまだしている」と指摘したのは、この対策のことだ。

私は、ダイキン、摂津市、大阪府による非公開会議の議事録を見直した。2009年以来、3者がPFOA汚染への対策を協議している。直近で開催された2022年8月8日の会議資料に、工場敷地外へのPFOA排出についての記載を見つけた。

会議資料によると、大阪府はダイキンに対して、排出濃度を暫定指針値の10倍を目標に徹底的に管理するよう要請していた。

暫定指針値とは、環境省が定める水環境中の目標値50ng/lのことだ。大阪府はその10倍を目標に下水に排出するよう求めている。

ところが、ダイキンが実際に敷地外に出しているPFOA汚染水の濃度は不明だ。過去の議事録には出てこない。大阪府はダイキンに対して「要請」しているだけで、実際の数値を尋ねてもいない。

もしダイキンがPFOA濃度を十分に下げて排出していなければ、更なる汚染を招く可能性がある。遮水壁で淀川製作所の地下水を敷地外に出ないようにすればいいだけではないのか。

私は、ダイキンの「対策」について原田氏に尋ねた。

原田氏は、敷地内の地下水を浄化して下水に排出する対策については、「どれだけ周辺の濃度を下げられるのかが不明です」と指摘する。

一方で遮水壁を設置する対策については、「地下水の流れに合わせて不透水層までしっかり止水されているなら広がりは止められるはずです」と妥当性を語る。

しかし、遮水壁は2023年3月末までに着工予定だったにもかかわらず、いまだに設置できていない。

20年前と同じ汚染ルート

記者会見での原田氏の指摘を聞いて、私は思い出したことがある。過去にダイキンが世界一のPFOA汚染をもたらした際の汚染ルートと、現在のPFOA汚染水のたどるルートが同じなのだ。

2004年、小泉氏ら京都大学の研究チームは、北海道から九州まで全国80カ所の河川のPFOA濃度を調べた。原田氏もメンバーの一人だ。調査の結果、淀川の支流である安威川(あいがわ)から、当時の世界最高レベルのPFOAが検出された。濃度は6万7000ng/l〜8万7000ng/lで、環境省が現在定めている目標値を基準として、1340倍〜1740倍の高濃度だ。

調査を進めると、汚染源は安威川近くで稼働するダイキン淀川製作所であることが判明した。製作所からの排水は、下水処理場「安威川広域下水処理センター」に流れこむ。その下水処理場から、連日1.8キログラム、年間0.5トンのPFOAが排出されていることを確認した。当時、世界中で排出されていたPFOAは年間5トン。つまり、世界の1割のPFOAが淀川製作所によって排出されていたのだ。

さらに当時は、京阪神の住民の血液から高濃度のPFOAが検出されていた。最も住民の血中濃度が高い大阪市の水道水には、40ng/lのPFOAが含まれていたのだ。これは、仙台市の水道水の値の300倍だ。大阪市は主に淀川から取水した水を使っていた。

一連の調査結果から、京都大学の研究チームは次のように結論づけた。

1、PFOAが工場から排出され、下水処理場に行く

2、下水処理場からPFOAを含んだ水が河川に合流する

3、河川の水を使った水道水を住民が飲む

4、住民がPFOAを体内に吸収する

19年前に世界最高レベルの汚染を記録した時と今回は、単純には比較できない。しかし、ダイキン淀川製作所から出たPFOA汚染水が淀川に流れ着くまでのルートは同じだ。ダイキンが濃度を公表しない限り、摂津や近隣都市の住民は安心できない。

ダイキン工業淀川製作所から排水されたPFOA汚染水のルート(Tansa作成)

無責任企業

私はダイキンに直接、排水中のPFOA濃度を尋ねることにした。広報を通じて社長の十河政則宛てに質問状を出したが、社長は答えなかった。広報から、「当社広報より事実関係のみ、以下の通り回答させていただきます」との返信が届いた。だが、濃度は明らかにしなかった。

製造技術ノウハウ等の機密情報が含まれる為、詳細の開示は控えさせていただきます。

PFOAは、2021年に製造と輸入が法律で禁止された毒性物質だ。もう製造することができないにもかかわらず、なぜダイキンは「製造技術ノウハウ」を気にするのか。

私は、次の質問も投げかけていた。

「ダイキン工業は現在も高濃度のPFOA を淀川製作所敷地外へ排出し、工場周辺を汚染している」ことについて、ダイキン工業として異論はあるか

ダイキンは異論があるとは答えず、「『暫定指針値の10倍を目標に管理を徹底』との要請を受け、これに対応しています」と回答した。

最後に私は、公共下水に排出するPFOA汚染水の濃度を市民に知らせない理由を尋ねた。ダイキンの回答。

製造技術ノウハウ等の機密情報が含まれる為、詳細の開示は控えさせていただいております。なお、近隣住民様に関しましては、大阪府や摂津市と必要な連携を取って、適切な対応を進めてまいりました。

近隣住民の安全を軽視し、訴えを無視する行為が、なぜ「適切な対応」だと言えるのか。

2022年3月、ダイキン工業社長・十政則社長を直撃取材

本記事は2021年11月から継続中のシリーズ「公害PFOA」からの抜粋です。事実関係は取材時点で確認が取れたものです。大阪で広がるPFOA汚染は、総務省が公開する「公害の定義」に当てはまります。環境問題ではなく、人の健康にも関わる重大な問題です。Tansaでは、汚染源であるダイキンや、汚染を見逃し続けてきた行政の責任を追及しています。これまでの全ての報道はこちらからご覧いただけます。

サポートのお願い

Tansaは、企業や権力から独立した報道機関です。企業からの広告収入は一切受け取っていません。また、経済状況にかかわらず誰もが探査報道にアクセスできるよう、読者からの購読料も取っていません。

一方で、深く緻密な探査報道にはお金がかかります。Tansaの記事を支えるのは、主に個人の寄付や財団からの助成金です。本シリーズの取材を続けるため、サポートのご検討をお願いいたします。サポートはこちらから。

シリーズが一からわかる冊子&YouTube番組

約1年にわたって連載した、探査報道シリーズ「公害PFOA」の第1部をまとめた冊子を発行しました。PFOAの毒性や大阪での汚染の歴史をわかりやすくまとめたコーナーや、取材を担当したリポーター・中川七海からのメッセージも盛り込んでいます。

希望者には、送料のみご負担いただき、無料で配布いたします。下記のフォームよりお申し込みください。

<<お申し込みフォーム>>

YouTube番組「デモクラシータイムス」では、シリーズ「公害PFOA」を詳しく解説しています。ラジオのように聴いていただくのがオススメです。ぜひ、チェックしてみてください!

No.1:フライパンが危ない!

No.2:ダイキン城下町の公害

No.3:東京の水も危ない!? 水源地下水のPFOS汚染

No.4:PFOA汚染と母子

No.5:低体重児と希少ガン

No.6:ダイキン内部文書を入手 隠し続けた重要証拠!

No.7:ダイキン、今もPFOA排出

No.8:PFOA汚染、水道からフライパンまで

ピックアップシリーズ一覧へ