編集長コラム

逆戻り(93)

2024年01月06日15時55分 渡辺周

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韓国のユン・ソンニョル大統領の名誉を毀損した容疑で、ニュースタパがソウル中央地検特別捜査チームから強制捜査を受けたことは、昨年9月の本欄で伝えた。

ニュースタパを強制捜査、韓国検察・ユン大統領の愚

あれから検察は、タパの代表であるキム・ヨンジンさんの自宅を家宅捜索した。記者たちへの聴取も始めている。近く起訴に踏み切ってもおかしくない状況だ。

予兆はあった。

昨年8月、私は「消えた核科学者」の取材でソウルに出張した。その際にキムさんとタパのビル1階のカフェで話をした。Tansaが成長しているのを喜んでくれた。創設者としての引き際はどうあるべきかも語り合った。互いに忙しいので30分もいられなかったが、いろいろなことを話した。その中でキムさんが悩ましげに言ったことがある。

キムさんは、ユン大統領になってからメディアに対する圧力が強まったことを嘆いていた。自分に批判的なメディアを抑え込むという。

例えば、キムさんが探査報道部長を務めていた公共放送のKBSに対しては、これまで電気料金に含まれていた受信料を、個別に徴収するようにさせた。当然、徴収率は落ちる。ユン大統領はKBSの経営基盤をゆさぶっているのだ。

タパは2012年、当時の李明博大統領によるKBSやMBCへの弾圧に反発し、キムさんら退社した記者たちが立ち上げた。私が「あの時に時代が逆戻りしているじゃないですか」と言うと、キムさんがぽつり。

「そうなんだ、それが問題なんだ」

カフェで話をしてから1カ月半後、タパに検察の強制捜査が入った。

韓国の85%の記者が

タパは2022年3月6日、ユン氏が検事だった時代に、都市開発をめぐる融資ブローカーへの捜査を行わず、容疑を揉み消したと報じた。接戦だった大統領選の3日前の報道であり、ユン氏にとっては痛手だった。

だが、証拠として報じた音声ファイルをめぐり問題があった。タパの元専門委員が、都市開発の件を知るキーマンと話をした際の録音だ。元専門委員が12万2000ドルを、キーマンから受け取っていたのだ。

タパは報道時、両者に金銭のやり取りがあったことは知らなかったという。カネが賄賂であることも、そのキーマンと元専門委員は否定している。

しかし多額の金銭のやり取りは、音声ファイルの証拠としての信頼性を大きく損なう。カネを受け取った見返りに、元専門委員がタパに音声ファイルを持ち込んだと疑われるからだ。タパの脇が甘かったと言わざるを得ない。

ではユン大統領と検察がタパに対してやっていることは正しいのか?

私は絶対におかしいと思う。これは、大統領である自分に反抗してくるメディアを根絶やしにしようとする弾圧の一環だからだ。実際、検察はタパだけではなく、同趣旨の報道をしたケーブルテレビ「JTBC」や4人のジャーナリストにも家宅捜索している。

2023年7月~8月に韓国記者協会が実施したアンケートでは、回答した記者994人のうち85%がユン大統領のメディア対応について「間違っている」と答えた。

ムン・ジェイン前大統領の時と比べて、「報道活動が自由ではない」と答えたのは628人で63%だった。その理由を628人に尋ねたところ、次のような結果になった。

①報道機関に対する圧力(68.5%)

監査院の監査、放送通信委員会の検査・監督推進など

 

②記者に対する有形・無形の圧力(64.5%)

告訴、告発、出入り禁止など

 

③マスコミとのコミュニケーション不足(64.2%)

 

④無理なマスコミ政策の推進(59.6%)

KBSの受信料分離徴収、YTN民営化、TBS予算削減など

 

⑤マスコミ関係機関(放送通信委員会、メディア財団などへの圧力と業務自律性の侵害(45.7%)

 

⑥不適切な人事任命の強行(43.5%)

 

⑦ポータルへの過度な介入(25%)

ニューヨーク・タイムズと共同通信

タパへの強制捜査から2カ月後の2023年11月10日、ニューヨーク・タイムズが今回の件を報じた。ユン大統領が、「フェークニュースとの闘い」という名目のもと、ジャーナリストたちを沈黙させようとしているという趣旨だ。

冒頭がおもしろい。

ユン大統領と仲間たちは、韓国に対する存亡の危機と見なすものを攻撃している。ユン氏の政党は、「反逆罪」として死刑判決を求めている。文化省は、国の民主主義を弱体化させる「組織的で汚い」陰謀を根絶すると宣言した。

この場合、被告人は外国のスパイではなく、ユン氏とその政府に批判的な記事を掲載した韓国の報道機関である。

日本の大手メディアはどうだろう。私が探した限り、この件を報じた大手メディアは共同通信の2023年9月23日付の記事だけだった。しかもその内容に愕然とした。

見出しは「韓国、偽ニュース対策を強化 政権側『反逆罪』、野党は懸念」。この時点でユン大統領側に寄り添うような記事ではないかと嫌な予感がする。

読み進めると予感は当たる。タパの強制捜査の背景について、フェイクニュースの拡散を指摘。あるフェイクニュースを事例として出した。

今年夏ごろには、サッカーのフランス代表選手が韓国人選手を低評価する日本人記者を冷たくあしらうような映像が拡散し、留飲を下げた韓国人のアクセスが集中した。後に偽の音声と字幕の合成が判明し、技術悪用への危機意識も広がった。

尹氏も21日「人工知能(AI)やデジタルの乱用」による偽ニュース拡散に警鐘を鳴らした。

「日本人記者をバカにするフェイクニュースがあったことだし、タパへの強制捜査は当然だ」とでも言いたいのだろうか。

記事の最後に「政府はファクトチェックの対象であって、主体にはなり得ない」 という韓国の有識者の声を載せてはいる。だが、匿名である上に取って付けたようにわずかだ。「反対意見も載せましたよ」というアリバイにしか思えない。

権力に寄り添って

問題は、権力者に寄り添うような態度は共同通信だけではなく、日本のマスコミに染み付いていることだ。抵抗するどころか、すり寄る。日本の権力者はやりやすい。

例えば自民党の裏金報道で、マスコミ各社はいずれ分かることを、東京地検特捜部から非公式に教えてもらっていち早く報道している。他社を出し抜くため、特捜部に寄り添う。

本来なら、自民党そのものに切り込むべきなのに、特捜部が安倍派を標的にしていることで問題が矮小化されている。岸田首相は「政治刷新本部」の最高顧問に、麻生太郎、菅義偉の両元首相を就かせると表明した。だが二人は「刷新」のイメージとは最も縁遠い。「最高顧問」などと仰々しい名前をつけていることを考えると、この期に及んで権力争いをする気だろう。

記者の功名心をくすぐり「エセ特だね競走」をさせておいて、自分たちは逃げ切る。それが権力側の意図なのだ。

権力に寄り添う今の日本のマスコミは、大本営発表を垂れ流していた戦時中と似ている。戦後、改善したものの最近になって逆戻りしたのか。それともずっと変わっていないだけなのか。

私は後者ではないかと思う。変わり方を知らない分、逆戻りより深刻だ。

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