編集長コラム

「探査報道」→◯、「調査報道」→×(97)

2024年02月03日17時06分 渡辺周

「ワセダクロニクル」から「Tansa」に名前を変えたのは、2021年3月のことだ。

2017年2月に早稲田大学のジャーナリズム研究所のプロジェクトとしてワセクロは創刊したが、1年後には大学から独立した。「ワセダ」をいつまでも名乗るのもなぁと思っていたし、取材を申し込むと「ワセダクリニックさんですね」と聞き間違えられることもしばしば(特に厚労省)。まだ世の中には浸透していない。変えるなら今だということで、心機一転改称した。

「Tansa」という名前にしたのは、「調査報道」ではなく、「探査報道」をやるニューズルームであることを打ち出すためだ。これには、強い思い入れがある。

話は10年以上前に遡る。大阪の実家に帰省した時のことだ。当時私はまだ朝日新聞で「調査報道」を担当していたのだが、母に「あんたは今何をやってるの? 政治部とか社会部とかは聞いたことあるけど、そういうの? 」と聞かれた。

私が「調査報道だよ」と答えると、母は言った。

「調査報道? 何それ、変なの。調べて報道するのってあたり前じゃないの? あんたこれまでは調べずに書いてたん? 」

そりゃそうだ、と思った。

調査報道という言葉は「Investigative Report」の日本語訳として、メディア業界では使われていた。「Investigation」というのは、「捜査」という意味がある言葉だ。しかし、「調査」という言葉は一般の人にしたらそこまで強い言葉に感じない。「Research」と同義だ。

それから3年後、私は韓国でニュースタパをはじめ、非営利独立のメディアを視察した。自分たちが立ち上げる組織の参考にするためだ。

私はハングルが読める。タパで「探査報道」という文字を発見した。「探偵」や「探検」に使う「探」が入っていると、しっくりくる。「これだ! 」と直感した。タパの代表のキム・ヨンジンさんによると、韓国では「探査報道」という言葉で浸透しているという。

キムさんの言葉が本当であることは、その後東京で判明する。

ある日のこと、私は飯田橋の居酒屋で韓国人の若者グループと隣の席になった。意気投合して飲んでいて、私が「ニュースタパとは仲がいいよ」と言うと、そのグループの一人が聞いて来た。

「じゃあ、あなたも探査報道ジャーナリストですか」

自民党の「再生」?

どの言葉を充てるかが大切なのは、その言葉が持つ意味に人は行動を合わせてしまうからだ。

例えば戦後、障がい者の排除を目的に国家が推進した強制的な不妊手術。Tansaでは、強制的に子どもを持つ権利を奪った事実を重視して「強制不妊」という言葉を使った。

しかし、国家の方は手術の根拠となった「優生保護法」からとって、「優生手術」と呼んできた。「優れた人間を守るため」という言葉で幻惑することで、自治体や医師、法曹界やマスコミを巻き込んで蛮行を推進したのだ。犠牲者は1万6500人を超えた。

どの言葉を充てるのかは、思惑のある人たちとの真剣勝負なのだ。

自民党の裏金問題もそうだ。「政治刷新」とか自民党の「再生」とかいう言葉に、マスコミが乗っかってしまっている。いつの間にか自民党の政治家たちの言葉遣いが蔓延し、自民党は解党なんてしない、これまで通り統治者として君臨するという雰囲気になっていないか。

「調査報道」に関しては、その言葉の本来の意味の通り、「Research」の域を出ないものが増えていると思う。記者クラブからの役所の発表報道でなければ、なんでも「調査報道」にしてウリにしているように見える。

探査報道は、膨大なオープンデータを精査し、情報公開請求をかけ、現場を這いずり回り、逃げる相手は追いかけ、攻撃されたら闘う。そういうものだ。

2月1日よりTansaは8年目に入った。創刊10周年の頃には「探査報道」という言葉が社会に根付くよう、言葉にふさわしい活動を続けていく。

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