編集長コラム

物語の威力(100)

2024年02月24日12時11分 渡辺周

刑事ドラマに出てくるような刑事がいた。

彼は、殺人事件を担当する捜査一課の刑事だった。鋭い勘をはたらかせ、どんな些細なことも見逃さない。五感は常に全開。自宅で昼寝をしていても、郵便受けに誰かが投函した音がしただけでバサッと起き上がる。徹底した縦社会の警察にあっても、上司への服従は拒んだ。誰が犯人かをめぐり上司と対立した時、その上司が出張している隙に容疑者を逮捕した。真犯人だったから、上司は文句も言えない。

事件の取材で彼といる時、テレビ朝日の刑事ドラマ『相棒』のテーマ音楽が突然鳴った。「はい、もしもし」。彼は携帯の着メロを、相棒の音楽にしていた。

電話を終えた後に理由を尋ねたところ、彼は水谷豊さんが演じる警視庁特命係の刑事、杉下右京警部のファンなのだという。杉下警部は紅茶とチェスを好む、イギリス紳士然とした人物だ。野性的な彼の雰囲気とは違う。だが事件を解明していく時の鋭さ、何より組織内での保身など何とも思わず必要なら上司と闘うところが似ている。

物語は、登場人物の生き様と心の内を表現する。読者・視聴者が感情移入する。相棒という物語は、現実世界で犯人を追う彼の刑事魂にエネルギーを注いだのだ。

後日、相棒をテレビ朝日のプロデューサーとして立ち上げた松本基弘さんと会食する機会があった。相棒を着メロにしている刑事がいると伝えたら、作り手冥利に尽きると喜んでいた。

探査報道を映画に

フィクションだけが物語になるわけではない。スクープした事実で勝負する探査報道も、物語になる。

物語を取り入れた探査報道は力がある。感情移入することで、読者・視聴者は「身につまされる」ようになるからだ。「ひどい話だね」で終わらず、「自分にできることはないか」という気持ちになってくる。すぐにできることがなかったとしても、そういう気持ちを持った人が増えるだけで社会は前に進む。

物語をつむぐ意欲は、世界のジャーナリストに共通する意欲だ。Tansaを創刊し、外国のジャーナリストたちと交流する機会が多くなって、そのことに気づいた。ジャーナリスト同士の会話では「今、どんなstoryを追っているのか」があいさつ代わりになっている。「記事」にあたる「article」ではなく、「story」という言葉を使っていることが新鮮だった。

Tansaも物語を重視している。

例えば都営団地を取材した時は、平均すると毎日1人が孤独死している事実を発掘した。だがそれだけではなく、亡くなった人の物語をつづるための取材に力を入れた。イギリスのガーディアンとの共同企画だったが、編集者のクリス・マイケルさんとも意見が一致した。「孤独死した人を数字として伝えるだけではなく、亡くなった人に読者が思いを馳せられるような物語にしよう」と。一部抜粋する。

5階建ての団地の3階。エレベータはない。鉄扉の玄関には、男性の表札がかかっていた。

〈大塚一良〉

郵便受けはガムテープで塞がれていた。空き部屋のままだった。

大塚さんは独り暮らしで、2年ほど前に部屋の中で亡くなったという。

同じ棟や近くの棟に住む住民に話を聞いた。 

大塚さんは、以前は映画会社・松竹の大船撮影所で衣装係として働いていた。俳優の市原悦子と衣装合わせのことで言い合いをしたこともある、と自慢話を聞かされた人もいた。

愛宕団地は1970年代から入居が始まった。1970年代と言えば、日本経済が大きく飛躍した時期だ。大塚さんはその1971年に入居した。妻と息子2人の4人家族だった。

映画マンだっただけあって、おしゃれだった。出かける時は、首元にネッカチーフを巻いていることもあった。コーヒー好きで、豆は専門店で買って自分で挽いていた。

1980年代後半、くも膜下出血で倒れた。都内の大学病院に入院した。しかし、足と左手に麻痺が残った。杖をつくようになった。

ところが、退院して戻ってくると、妻と子どもは家にいなかった。大塚さんは独り暮らしになった。団地の中のベンチに1人で座っている姿を見かけるようになる。「情けない」と泣いていた。

「事態を変える探査報道」を私たちは掲げている。そのためには物語という手段で、より多くの人の心に、より深く刺さる必要がある。

膨大な取材に基づいた探査報道を、映画にしていくことを考え始めている。

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