編集長コラム

「善人」たちの権力機構(34)

2022年11月12日18時45分 渡辺周

国葬について、官邸側と内閣法制局が7月12日〜14日に協議した記録文書が不開示となった。11月10日に報じた。

「官邸、国葬の協議文書を「未作成」「廃棄」/公文書管理法に違反しても、内閣法制局との3日間を隠蔽か」

不開示決定を出した「内閣官房内閣総務官室」に電話した。「ミツミゾ」いう担当者が対応した。

―国論を二分した国葬に関する重要文書を、破棄したとか、記録していないとかあり得ない。文書の有無について総務官室内の誰に確認したのか

「総務官室内でまんべんなく文書を探索しました」

―だから、誰に確認したのか。その人の名前と役職を教えてくれ。内閣法制局との協議に参加した担当者には聞いたのか。

「今回の情報公開を担当した者に聞かないとわかりません。私は窓口なだけなので」

―ならその担当者の名前は?

「確認しないとわかりません」

―あなたでは話にならない。電話口の向こうにいるあなたの上司を出してくれ

「それも確認しませんと」

こんな調子で、不開示決定に関するプロセスが全く見えてこない。

しかし、はっきりしていることがある。不開示決定は、松田浩樹・内閣総務官の名前で行われたことだ。松田内閣総務官は総務省出身で、今年6月から現職に就いている。

松田内閣総務官は、一体どんな人物なのか。国葬に関する重要文書の隠蔽の責任者ならば、相当の「悪人」ではないかと思う人がいるのではないだろうか。しかし、松田内閣総務官は総務省のホームページで「今こそ”霞ヶ関”へ !」という官僚志望の若者に向けた文章を載せ、次のように語っている。

「この国を何とかしたいという熱い思いを持った有為な人材に、一人でも多く”霞ヶ関”の一員になって、共に戦ってもらいたいと心から思う」

 

「つまらない既存の序列で物事を考え、◯◯省だ、◯◯省だと、入る前から、縦割り意識丸出しの発想に陥るのではなく、まず、この国のため、日本国政府の一員になるのだという強い思いをしっかり腹に据えて、役人を志してもらいたいと思う」

 

「一度きりの人生、熱い気持ちを持って世の中のために戦ってくれる諸君を心からお待ちしたい

文章を読む限り、松田内閣総務官は「悪人」ではなく「善人」のようだ。内容に私は共感する。

私はここに、日本の権力機構特有の怖さを感じる。要職に就いている一人一人の人柄が良くても、権力機構としては逆方向に進んでしまうのだ。

例えば中村格・前警察庁長官。警視庁刑事部長の時、準強姦容疑で逮捕状が出ていた安倍晋三元首相に近い記者の逮捕を止めた。安倍氏が殺害され、警察の警備ミスが問われた際はすぐに辞任しなかった。辞任した時も引責辞任であることを認めなかった。

だが中村氏の近くにいる人たちにとっては「善人」だったようだ。記者クラブの記者たちは中村氏が長官に就任したとき、彼の人柄を褒め称えた。朝日新聞は「大切にしているのは現場への思い」、日経新聞は「仕事ぶりをしっかり見てくれる人情味ある上司」、毎日新聞は「退路を断って仕事をするのが好きな人間」と書いた。

Tansaのシリーズ「強制不妊」で取り上げたNHKの元経営委員、岩本正樹氏(故人)もそうだ。岩本氏は、「優生手術の徹底」を掲げる宮城県精神薄弱児福祉協会の副会長を務めた。

だが地元では、「善行の人」として知られていた。仙台ユネスコ協会の元事務局長は、ユネスコ協会の記念誌の中で岩本のことをこう語っている。

「岩本先生は人一倍、次代をになう子供達を愛された方でした。平和のとりでは先づ子供達の心の中に築いていかなければならないとの強い信念をもっておられました」

なぜ日本では「善人」たちが要職に就いているのに、権力機構は暴走するのか。

このことを考える上で参考になったのは、韓国のニュースタパが制作したドキュメンタリー映画「共犯者たち」だ。李明博大統領が公共放送のKBSの首脳陣らと結託して、報道機関を弾圧する実話だ。KBSの記者たちは「社長は出て行け!」と徹底抗戦する。

日本と違うのは、韓国の権力者はいかにもワルソーな人物が多いことだ。高級なイスにふんぞりかえっていたり、質問に対して逆ギレしたり。KBSの記者を招いて、Tansaが上映会兼シンポジウムを開いたことがあったが、私は言った。

「韓国の権力者はキャラの立った悪人で、闘いやすいですね。日本ではいかにもいい人が悪いことをする」

「善人の悪」はタチが悪い。分かりやすい悪人と違い、責任を果たさなかった際の周囲の追及が、「あの人はいい人だから」と弱くなるからだ。この油断の集積が、大惨事を招くと私は思う。

内閣総務官の松田氏には、取材を申し込む。

編集長コラム一覧へ