共同通信が大切にしているのは、読者ではなく加盟社の長崎新聞である。
2024年6月7日の「報道の自由裁判」で、原告がその点を突いた。
証拠となったのは、Tansaの記事だ。
長崎新聞は「一般読者」ではなく「当事者」
裁判に至った経緯をおさらいする。
元共同通信記者の石川陽一氏は2022年11月、文藝春秋から書籍『いじめの聖域』を出版。2017年に長崎市で起きた高校生のいじめ自殺事件を詳報した。本では、学校が自殺の隠蔽を図ろうとしたこと、それを地元行政が容認したこと、その行政を長崎新聞が庇った事実を綴った。
共同通信は、石川氏が長崎新聞を批判したことを問題視した。石川氏を審査にかけ、文藝春秋からの書籍出版のために石川氏に与えていた「社外活動了解」を取り消した。取り消し理由は「共同通信記者の水準に満たない」で、石川氏の記者職を解いた。本の重版も禁じた。
前回の口頭弁論で共同通信は、社外活動了解の取り消し理由について、こう主張していた。(丸かっこ内はTansaが補足)
「共同通信の配信記事の水準に満たない記述があれば、被告(共同通信)としての信頼は毀損される。したがって、被告(共同通信)が本件社外活動了解取消により保護しようとした信頼が毀損されたか否かは一般読者の基準をもって判断されなければならない」
では「一般読者」とは誰で、『いじめの聖域』に対する評価はどのようなものなのか。共同通信はこれまで一度も明らかにしていない。
2024年6月7日に東京地裁で開かれた第5回口頭弁論では、逆に原告側が一般読者の評価を提示した。
2022年11月の発売以来、『いじめの聖域』は多数の高評価を受けてきた。
たとえば2023年7月、「第12回日本ジャーナリスト協会賞大賞」を受賞した。この賞はメディア業界の人だけでなく、一般読者からの投票も加味して審査される。発表に際し、一般読者からの評価が公開された。
「いじめを巡る学校側の対応のみならず、私立高校を所管する県、地元メディアの不可解さにまで切り込んだ作品。ジャーナリズムが機能不全を起こした社会の末路はなんてむごたらしいのか。社会に鋭く問いかけるこの一冊こそが、大賞にふさわしいと考えました」
「地元紙をはじめ、他社が積極的に報じてこなかったいじめの背景にある問題に光を当てた」
2023年12月には、「ジャーナリズムXアワードZ賞(奨励賞)」を受賞。主催するジャーナリズム支援市民基金は、市民たちでつくる団体だ。
「ジャーナリストではないけれども多様な社会活動の経験豊富な一般市民がジャーナリズムを応援する」という趣旨のもと、「自由で公正な社会を創るジャーナリズムを市民が選び、顕彰」する活動を行なっている。
他にも、「地域・民衆ジャーナリズム賞2024」を受賞したり、「第54回大宅壮一ノンフィクション賞」で最終候補(受賞作を含め4作)に選出されたりした。
結局、共同通信は石川氏が一般読者から評価された事実から、目を背けているのだ。共同通信が主張する「一般読者」などいない。
原告代理人の喜田村洋一弁護士はこの日の口頭弁論の後、取材に応じた。
「共同通信が示す『一般読者』は、今のところ長崎新聞しかいない。これは『一般読者』ではなく『当事者』です」
「結論ありきの出来レースそのもの」
なぜ共同通信は、長崎新聞という当事者を「一般読者」に仕立てるようなことをするのか。
それは、出来レースだったからだ。
この日の口頭弁論で原告側は、新たな証拠を裁判所に提出した。
Tansaが2023年11月22日に報じた記事「長崎新聞の内部文書入手/共同通信、執筆者を聴取しないまま、本の発売翌日に謝罪」だ。
長崎新聞社で2022年11月14日に開かれた「局長会」の議事録によると、以下のような経緯が報告された。
『いじめの聖域』発売翌日の11月10日午後、共同通信の谷口誠福岡支社長が長崎新聞本社を訪問。長崎新聞社と同社記者の名誉を傷つけている部分があるとして謝罪した。共同通信が問題だと捉えている箇所を複数挙げた上で、「問題の記述は石川氏の個人的な主張で共同の考えではない」「本社総務局と法務局で対応を検討している」と説明した。
長崎新聞からは、石田謙二編集局長、山田貴己報道本部長、向井真樹報道部長が応じた。長崎新聞の見解は、「長崎新聞を侮辱し、貶める内容で、事実に反している。悪意を感じる。共同通信にはしかるべき対応が必要と考える」であった。
問題は、この時点で共同通信は石川氏本人に事情を聞いていなかったことだ。それにもかからず、長崎新聞への謝罪を済ませ、「対応を検討している」と伝えたのだ。
その後、共同通信は石川氏への責任追及を始めた。石川氏本人や、いじめ自殺事件の遺族が提出した意見書の内容は加味せず、最終的に「社外活動了解の取り消し」を下した。
喜田村弁護士は言う。
「長崎新聞への謝罪後に共同通信がやったことは、結論ありきの出来レースそのもの。長崎新聞に約束した通りの対応をやったに過ぎない」
次回期日:7月26日午後1時30分から東京地裁611号法廷
「報道の自由裁判」の展開に関心を寄せる市民が増えている。
今日の裁判は、Tansaの記者を除いて26人が傍聴していた。過去4回の裁判で最多だ。いつもと同じ東京地裁第611号法廷の傍聴席は、ほとんど空席がなかった。
裁判後、傍聴席にいた一人が私に声をかけてきた。
「Tansaの記事から、この裁判を知りました。石川さんを応援したくて傍聴に来ました」
傍聴する人たちもまた、「一般読者」だ。
声をかけられた際、私は初回の口頭弁論での喜田村弁護士と中島崇裁判長のやりとりを思い出した。
中島裁判長が尋ねた。
「今後は、書面でのやり取りでいいですか? 」
書面でのやり取りとは、法廷での口頭弁論は行わず、原告・被告・裁判官の3者が書面で裁判を進めることを指す。つまり、市民も記者も傍聴ができない。
喜田村弁護士が即答した。
「いや、法廷での弁論でお願いします」
次回期日は7月26日午後1時30分、東京地裁の第611号法廷で開かれる。
2024年6月7日、中川七海撮影
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