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これが本当に地方創生? 平均所得980万円超、千代田区民に一律12万円 過疎自治体は土偶レプリカ2体制作

2023年08月01日13時05分 辻麻梨子

人口約5000人で高齢化が進む、山形県・舟形町役場=2022年1月31日撮影

コロナ禍で、「地方創生」と名付けられた新しい交付金が全国の地方自治体に渡りました。正式名称を「新型コロナウイルス感染症対応地方創生臨時交付金」といいます。目的は感染対策と、打撃を受けた地域経済や住民生活の支援。コロナ関連の政策の中で最も多い、18兆円超の予算が配分されました。

交付金の特徴は、使い道が自由なことです。各自治体は、自分たちで使い道の計画を立てます。政策の指揮をとる政府は、この自由度を大きくにアピールしました。

政策が始まる2020年春、内閣府・地方創生推進事務局の村上敬亮審議官は会見でこんな発言をしています。

「コロナ対策であればまったく制限はない」

「計画書はぶっちゃけ大雑把でいい」

「細かく審査しないで数千万や1億を使うことになるが、自治体を信じている」

その言葉通り、国は使い道を検証しないまま補正予算や閣議決定で予算を積み増しています。しかし、原資は税金です。こんな気前がよくていいのでしょうか。

Tansaが交付金の使われた約6万5000事業をデータベース化した結果、コロナに乗じた無駄遣いが全国で横行していたことがわかりました。使い道は着ぐるみづくりや現金のばらまき、婚活支援や五輪聖火リレーなど、「なんでもあり」の様相です。なぜこんな無茶苦茶なことが起きているのでしょう。

国内トップクラスの所得水準の住民たちが暮らす街でも、現金のばらまきが横行。その一方で、地方は活性化の処方箋を持たないまま、効果の不明な事業に税金をつぎ込んでいます。

地方創生は第二次安倍政権下の2014年、人口減少という課題に取り組むために始まった政策です。

ところがこの間、巨額の税金をつぎ込んでおきながら東京への一極集中は進み、地方はさらに衰退しました。当初の目標である人口の増加は実現していないばかりか、助成金が都心の企業に流れ込む事態にもなっています。この責任は、一体誰がとるのでしょうか。

本記事は2022年3月〜5月にかけて配信した連載シリーズ「虚構の地方創生」の抜粋です。Tansaは2020年度の第1次と第2次の補正予算で計上された3兆円分の地方創生臨時交付金に関し、交付金で行われた約6万5000事業をデータベース化しました。集めたデータは都道府県と市町村が内閣府に提出した事業計画に基づいています。各自治体への取材結果も特集しています。事実関係は取材時点で確認が取れたものです。

皇居のお濠の周りに大企業のビル群が立ち並ぶ千代田区=撮影 齋藤林昌

国会議事堂、霞が関、丸の内。

政治や経済の中心で、日本の心臓部ともいえる機能が集まっているのが、東京都・千代田区だ。ここでも、地方創生臨時交付金がばらまかれていた。

千代田区は2020年冬、全区民に一律12万円を支給した。給付金の支給にかかった77億4200万円のうち、5億7737万円は地方創生臨時交付金だ。しかし、区はそのことを明らかにしていなかった。

千代田区の平均所得は985万円。全国の自治体の中では、港区と並んでトップを争う水準だ。

都会の繁栄の象徴のような街で、なぜ「地方創生」の交付金がばらまかれたのだろうか。

千代田区民の98.5%へのばらまき

千代田区には「番町」と呼ばれる昔ながらの高級住宅地や、タワーマンションが立ち並ぶ。総務省の統計をもとに計算すると、2021年の平均所得は985万円。2020年と2019年は1000万円を超えている。

だが千代田区は2020年夏、区民全員に現金12万円を配る方針を固めた。国から10万円の定額給付金が支給されたばかりの時期だ。

同年11月頃から支給の手続きを始めた。

給付金は区から郵送で送られてくる書類を記入し、返送することで受け取れる。対象となる全区民約6万6000人のうち、約98.5%が申請をして給付金を受け取った。

財政課長「質問がなければ説明しない」

千代田区の給付金に対して、「ばらまきではないか」と批判する報道が相次ぐようになった。

2020年9月1日のウェブ版東京新聞は、東京23区の区長でつくる「特別区長会」の会長である、山崎孝明・江東区長の会見での発言を伝えている。

「税金をじゃぶじゃぶ使っていいのか。本当に困っている人に配るのならいいが、金持ちも一緒くたにするのは面白くないという人もいる。慎重にならざるをえない」

「五年、十年先を考えた財政運営をするならいかがなものか」

これに対して千代田区は、区の貯金にあたる「財政調整基金」を給付金の財源にすることを前面に打ち出した。自前で財源を用意するのだから構わないという理屈だ。

例えば、2020年9月2日付の東京新聞朝刊には、区の石綿賢一郎・財政課長の説明が掲載されている。

「区の財政運営は健全で区債は2年後に全て償還できる。財政調整基金を充てることができるので、85億円(当初の予算額)を投じても問題ない」(カッコ内はTansaが補足)

ところが、石綿課長はこの時、5億7700万円の国の地方創生臨時交付金が給付金の原資として入っている事実を新聞社やテレビ局の取材では説明しなかった。Tansaによる取材で明らかになるまでは、伏せていた。

石綿課長は、Tansaの取材に対してこう回答した。

「財源の多くは財政調整基金の繰り入れによるものであったため、財源の一部である新型コロナウイルス感染症対応地方創生臨時交付金については、質問がない限り特段の説明はしていません」

交付金もらっても使い道なく・・・

ではなぜ、千代田区は給付金に地方創生臨時交付金を使ったのか。

石綿課長が給付金を区民に支給しても財政難にはならないと余裕を見せるように、区の貯金は豊かだ。千代田区では非常時などに切り崩す財政調整基金と、特定の事業のために確保している特定目的基金がある。両基金を合わせると、2020年度で1000億円に上る。

ヒントは、地方創生臨時交付金を使った他の3事業(2020年度9月末時点)にあった。いずれも数千万円の事業で、合計1億158万円。給付金事業の5分の1にも満たない。つまり、多額の地方創生臨時交付金を国からもらっても、千代田区では使い道がないのである。

千代田区が交付金を充当し、計画した事業

・新校舎を建設中の小学校で、子どもたちを仮校舎に送迎するための運行業務委託料、駐車場代・・・4762万円

・妊婦健診時に利用できるタクシーチケットの配布経費・・・1523万円

・屋外の子どもの遊び場の開放にかかる広場使用料や委託費・・・3875万円

・1人当たり12万円の一律給付金支給・・・5億7737万円(交付金充当額)

樋口高顕区長は取材に応じず

千代田区の責任者はどう考えているのか。樋口高顕区長に取材を申し込んだ。しかし、総務課の中田治子課長がメールで回答してきた。

「交付金は地域経済や住民生活の支援、地域創生を図ることをその趣旨としており、本区事業の趣旨と合致するものと認識しております」

総務課長ではなく、区長自身に説明してほしい。再三に渡り取材を申し込んだところ、中田課長はメールでこう書いてきた。

「大変恐縮ですが、今後、何度お話をいただきましても、同様の対応をさせていただくことになります。どうぞご理解いただきますよう、よろしくお願い申し上げます」

写真中央が23階建ての千代田区役所=撮影 齋藤林昌

千代田区首脳会議の中身とは

千代田区で全区民に一律12万円を給付する政策は、2020年夏に持ち上がった。

だが当時は、国から10万円の定額給付金が支給されたばかり。「なぜ今給付が必要なのか」という疑問は、区の執行部の中からも出た。Tansaが情報公開請求で入手した2020年7月20日の首脳会議の議事要旨には、以下のように記されている。首脳会議とは、千代田区長や各部長が参加する会議だ。

「区民ニーズの把握などできていない状況で、今後の財政運営の観点からも大きな財政支出を伴う給付を行うことは、非常に大きな判断だと思う」

「また金銭面で本当に困っている人を対象にするのではなく、区民に一律に給付することの理由は何か」

しかし、「新型コロナウイルス感染拡大の状況が悪化していることで、閉塞感を感じている区民の思いに応えるため、今給付を行うべきと考えている」などという賛成意見も根強かった。

区の執行部は2020年度の一般会計補正予算案を議会に提出した。

区議「億ション買える家庭にまで支給必要か」

首脳会議から1週間後の2020年7月27日。臨時区議会の初日で、石川雅己区長(当時)は区民1人あたり12万円を給付することについて、次のように説明した。

「危機的な新型コロナウイルス感染症の拡大の中で、区民生活や区民の置かれた状況を鑑み、区民1人12万円の給付金を含めた取組を行うことを決定したところであります」

財源については、千代田区の豊かな財政力を背景にした区の貯金「財政調整基金」を前面に打ち出した。

「区民の皆さんのご努力とご協力の下に、お預かりをしてまいりました財政調整基金481億円を、こういうときだからこそ活用するべきだと私は考えております」

これに対して、議員からは反対の声もあがった。自民党の内田直之区議(当時)は質問した。

「千代田区内には、当然、コロナ禍で大変つらく、苦しい思いをされている方がいらっしゃいますが、他方で比較的裕福な方も多いのではと思います。例えば、億ションを幾つも買えるような裕福な家庭にまで、なぜ12万円を支給しなければならないのか、理由を説明してください」

コロナの影響で経済的打撃を受けている人は、一部に限られている可能性が高い。

他の議員からも「そうだ」の声が出る中、内田区議が続ける。

「千代田区だけが全区民一律給付をしたときに、財政が乏しい他の区は、都からの財政的支援を受けることもできず、同様の給付はできないことになります。このような事態について、区長は考慮されているのでしょうか」

これに対して、石川区長が答弁する。

「どのような家庭であれ、コロナに対する不安な思いは、同じであります。区民一人一人の生活実態に合わせて、その家庭の事情に応じて、柔軟に有効的に活用できる、効果ある施策として、今回は一律給付をさせていただきました」

結局、給付金の支給を含む予算案は全会一致で可決された。

公明は受け取り、自民共産答えず

選挙で選ばれた市民の代表である政治家たちは、きちんと税金の使い方をチェックする役目を果たしたのだろうか。

Tansaは千代田区議会議員24人全員に質問状を送付して、給付金の是非について、国の地方創生臨時交付金が原資になっていることを明示し、見解を質した。本人・家族を含めて給付金を受け取ったかも尋ねた。

Tansaが各議員に質問状を送ったことで、議会は対応を話し合うための「各派協議会」を開催した。出席した議員たちによると、国の交付金が充当されていることを、Tansaからの質問状で初めて知った議員もいた。

自民党の議員団(13人)としての回答と、公明党など他会派の4人の議員から回答があった。

自民党は、自分たちが給付金を受け取ったかどうかには触れなかった。以下に回答を紹介する。

「千代田区特別給付金は議会において全会一致で可決し、コロナ禍での地域経済、子育て支援を目的として区民に一律給付したものです。ご指摘の通り、国費の『新型コロナウイルス感染症対応地方創生臨時交付金』を財源の一部にしていますが、国の主旨とも合致しており問題はありません。当会派としましては、給付金は地域経済活性化に有効活用されたとの認識を持っています。以上、会派全員の総意として回答致します」

公明党の議員2人は、米田かずや区議が家族含めて4人分、大串ひろやす区議が3人分受け取っていたと回答した。給付金の是非については、以下の同じ文章で回答してきた。

「昨年の当時はコロナで経済的に困窮している、また精神的にもダメージを受けている区民の方は子どもから高齢者まで多くいらっしゃいました。区独自の定額給付金は、国の定額給付金同様所得制限なしとするものです。給付金には一つには経済的に困窮している方々への支援という意味、二つ目には今回のコロナの感染拡大を防止するためには社会をあげての対応が必要であるという意味があります。所得に関係なくすべての区民の方の協力なくして感染拡大を防ぐことができないからです。よって、受け取ることは適切であると考えます」

千代田を紡ぐ会の長谷川みえこ区議は、4人分の受け取り。

「自分が受け取った給付金は、いくつかの団体に寄付しました。ひとり親支援、女性支援団体など、各団体もコロナ禍で運営が困難な状況です。給付金を寄付することで適正に使わせていただいたと思っております。家族の分については、それぞれの意思に任せました」

立憲民主新生ちよだの岩田かずひと区議も給付金を受け取った。何人分かは回答しなかった。

「そもそも千代田区特別給付金の場合は、区長選挙間近であった前区長が渦中にあった『マンション優先購入問題』から区民の目をそらせ、前区長が次の選挙に有利になるよう考えた施策であると(勝手に)考えております。よって、適切か不適切かと問われれば、適切であったとは言い難いと思います。ただ、それを区に返還すると寄付になってしまうため、『奄美大島ノネコ管理計画』を実践されている特定非営利活動法人ゴールゼロさんに給付金全額プラス数十万を寄付させて頂きました」

回答がなかったのは以下の議員たちだ(敬称略)。

小野なりこ(都民ファースト)

岩佐りょう子(立憲政策フォーラム)

小枝すみ子(ちよだの声)

秋谷こうき(千代田至誠会)

飯島和子(共産)

牛尾こうじろう(共産)

木村正明(共産)

千代田区で一律のばらまきが行われる一方、人口減少が進みながらも、地方創生の交付金を活かしきれていない自治体もある。

山形県にある高齢化率42%の町・舟形。

町は地方創生臨時交付金649万円を使い、町から出土した縄文時代の国宝土偶「縄文の女神」のレプリカを2体製作した。町長はこのレプリカで、町を盛り上げたいと意気込む。

しかし地域住民との間には、溝があった。

公民館に停められた役場の車にも、縄文の女神がプリントされていた=2022年1月31日撮影

町のあちこちに縄文の女神

山形県北部の内陸にある舟形町には、約5000人が暮らす。町が直面するのは、深刻な高齢化だ。65歳以上の人口は42%に上り、町の全域が過疎地域になっている。

私は今年1月末、舟形町に向かった。東京駅から山形新幹線で3時間40分かけて新庄駅へ。新庄駅からはレンタカーで移動し、30分ほどで町に入った。

舟形町は県内でも有数の豪雪地帯だ。当日は数メートル先も見通せなくなるほどの吹雪で、電信柱の3分の1ほどは雪に埋もれていた。

町内に大きな量販店や職場はない。町の人たちは、仕事や買い物には車で数十分の新庄市や尾花沢市にアクセスするという。

町の名物は、東西に流れる小国川(おぐにがわ)で釣れる若鮎だ。毎年7月から10月の鮎釣りシーズンになると、観光客が集まる。9月の若鮎祭りにはコロナ以前では約3万人が参加した。町の高台にはコテージスタイルの温泉施設があり、テニスコートや野球場も備えている。取材で訪れた日はコテージが雪で埋もれていたが、施設の目印である真っ直ぐ上を向いた鮎のモニュメントが見えた。

もう一つ、町のあちこちで目にするのが「縄文の女神」だ。

1992年、町内の道路建設中に出土した縄文時代中期の土偶である。高さ45センチで女性の形をデフォルメしており、2012年にはその歴史的価値が認められ、国宝に指定された。以来、舟形町は「縄文の女神の里」と打ち出している。

公民館には寄贈されたレプリカも飾られていた=2022年1月31日撮影

駅や役場、公民館など町のあらゆる場所で、大小さまざまな縄文の女神のレプリカを見つけた。取材中に目にしただけでも、発掘現場の「西ノ前遺跡」に1体、公民館に10体、舟形駅前の観光物産センターに2体あった。他にも休館中の舟形歴史民俗資料館にもレプリカがあるといい、その数は町教育委員会の職員でさえ把握できていないほどだ。

ところが町は、地方創生臨時交付金を使い、さらに2体のレプリカを製作した。一体なぜだろうか。私は役場に向かった。

大阪の業者に製作を依頼

役場にも、玄関にガラスケース入りの小さな縄文の女神のレプリカが置かれていた。

まちづくり課で名刺を渡すと、曽根田健課長が詳しい話を聞かせてくれた。

町が製作したのは、実際に出土した縄文の女神と形、重さ、色合いがほとんど同じの陶製の精巧なレプリカだ。2021年11月に、669万9000円で2体を製作。そのうち交付金で充当したのは649万円だ。現在は1体が町の公民館に保管され、もう1体は町長室に飾られている。

製作は、芸術作品や文化財の複製などを手がける、大阪府の業者に依頼した。町が提供した三次元計測データに基づき、表面の凹凸を再現。細かな色合いや質感は職人の手作業だ。

最大の特徴は、直接触れられることだ。ガラスケースの両側に空いた穴から手をいれ、質感を確かめたり持ち上げたりすることができる。

曽根田課長は、「子どもたちや地域の方が本物に近いレプリカに触れることで、地元への愛着や誇りの形成につなげてほしい」と話す。レプリカを製作するアイデアは、教育委員会からの提案だったという。

だが、レプリカは町内にたくさんある。これ以上必要なのだろうか。

翌日、森富広町長に話を聞くため、再び役場の町長室を訪れた。

今回の交付金で作られた、本物そっくりの縄文の女神=2022年2月1日撮影

触ることができる「本物に近い偽物」

町長室に入ると、窓際の中央に今回の交付金で作った縄文の女神のレプリカがあった。ガラスケースの底には鏡がついており、足の裏まで見ることができる。その隣の棚にも、大小さまざまなレプリカがずらりと並ぶ。紙や布で作られたものもあった。

町長室で取材に応じる森富広町長=2022年2月1日撮影

町長はソファに腰掛けると、こちらが質問するよりも先に語り始めた。

「今、国宝の土偶を持っている自治体が全国に5箇所あります。その中で出土した場所に本物がないのは、舟形だけなんです」

現在、縄文の女神は山形市内の県立博物館に所蔵されている。国宝に指定されると、文化財保護法の定めにより学芸員の配置や展示室の耐震工事など、展示のための環境を整え、細かな条件を満たす必要がある。舟形町ではそうした施設を作ることができず、縄文の女神を県立博物館から返してもらえないのだという。

町はプロジェクトチームを作り、女神の返還に向けて動き出している。だが、国宝を保管できる施設を作るとなれば、数億円の費用がかかるという。すぐには捻出できない。

「縄文土偶を好む観光客の方から問い合わせがあっても、本物がないとみなさんがっかりされる。今後コロナを克服してから町に訪れる人を増やそうと思ったときに、実物と同じものを作らざるを得ないと思った」。

「本物は国宝ですから、触れません。これは本物に近い偽物ですので、触ることもできるし写真撮影もできる。愛好家の方に来ていただければと」。

森町長はスマートフォンを手に取り、Facebookの画面をこちらに向けた。

「Facebookでは縄文クラブ、というようなコミュニティもあります。好きな方々にとっては本物に近いものが、必要だと思うんです」

森町長は「レプリカを見るついでに温泉施設などに寄ってもらえれば、町にお金が落ちる」といい、こう語った。

「(そちらが)お聞きしたいのは、無駄なものを作ったということだと思うんですが、今回のレプリカは他のものとは全然違います」

山形県立博物館にある、本物の縄文の女神=2022年2月2日撮影

帰京後に町長から届いたメール

だが、なぜ国の地方創生臨時交付金を使うのか。そこまでレプリカが欲しいなら、町の予算で作ればいい。その点を森町長に尋ねると、一般財源に占める公債費の割合が県内で一番高い点を挙げて言った。

「財政状況が悪い中でも、町として借金しながら本物の縄文の女神を展示する博物館を建てていかないといけない。それがいつ作れるかわからないが、その間何もしないわけにはいかないでしょう。こういうお金(交付金)を有効利用する形で、レプリカを作れば(観光客らに)来ていただけるだろうと思う」

だが交付金は、地方創生の名目で配られたものだ。地方創生にはどのように繋がっているのか。

森町長はたびたび「交流人口や関係人口を増やす」と口にした。交流人口とは通勤・通学や観光で町に立ち寄る人、関係人口とは町にルーツがあったり、地域と継続的につながりたいという思いをもつ人たちのことだ。町に関係する人が増えることで、特産品のお米の拡販や、観光客の集客につなげたいという。

地方創生政策が始まった当初の目的は、各自治体の定住人口増だった。

しかし実際には東京一極集中の状態が続き、地方からは人が流出するばかりで定住は進まない。関係人口は定住へのハードルを下げるために、2017年頃から総務省の検討会などで取り上げられるようになった新たな概念だ。

舟形町も他の過疎の町と同様に、定住者の創出には苦戦している。森町長は言った。

「できれば移住してほしいですが、見ての通りこの雪なんですよ」

「でも4500年前の縄文人ですら、雪の大変なこの場所で暮らしていけたんです。縄文の女神は、誇りと自信を持ってここに住み続けるための一つの大きなシンボル。子どもたちに対する情操教育、郷土愛の教育に使っているんです」

インタビューの2日後、町長からメールが来ていた。

「コロナ収束後の地方創生を考えた時、全国1700余の自治体の中において、舟形町として差別化をはかれるのは、国宝土偶『縄文の女神』だと思います」

「何れにしても、製作して終わりではなく、それをツールとして交流・関係人口増をはかって地方創生につなげてまいりますので、是非、コロナが収束し、数年経ったら、検証取材に舟形町にお越しください」

実際に触らせてもらった=2022年2月1日撮影

「全然わかんねえ」

町長の取材を終えて役場を出た後、町の人に話を聞くことにした。

町民たちは触れるレプリカのことを知っているのだろうか。

役場のある通り沿いを数十メートル歩いたところに、精肉店があった。声をかけると、店の奥から店主の男性が出てきた。現在73歳で、40年近くこの場所で営んでいるという。

縄文の女神のレプリカができたことをご存知ですか、と尋ねてみた。

「レプリカはあるけど、いっぱいあんべ。同じやつ作るってか?」

「ふたつも作ったのか。俺、町民だけど全然わかんねえ。初めてこれ聞いたけど」

男性は縄文の女神を、「舟形のやつってより、山形県のやつだからにゃ」という。これまで女神を町に取り戻そうという町会議員もいたそうだ。

「別にここさ持ってきたって誰が見に行っかもわかんねえべ。やっぱり山形県の博物館さあったほうが見にくる人いるべね」

店を出て車に乗り、他の町の人を探した。家々の前を通り過ぎると、高齢者が腰を曲げて雪かきをしている姿が目についた。精肉店の店主が別れ際に言った言葉が頭に浮かぶ。

「もうそろそろ店やめんだわ。高齢者だし。別に子どもさ継がせるわけにもいかねえし。もう舟形は高齢者だけだわ。ぽつんぽつんと空きができてきてんだわ」

雪かき中の高齢女性にも声をかけたが、レプリカのことは知らなかった。「役場さ行ったらわかるよ。わしはわからね。悪いな」

住民の間では、あまり話題になっていないようだ。

4歳児の母「レプリカ作るなら子育てに使って」

役場の通り沿いで、雪かき中の男性にも声をかけた。現在72歳。退職する少し前に生まれ育った舟形に戻ってきたという。「町の税金の使い方について取材をしています」と趣旨を伝えると、男性は怒った様子で勢いよく話し始めた。

「俺はずっと言ってんだけど、若鮎のキャンプ場が今流行っててすごいんだよ。でも舟形の人がさ、誰も使わないじゃん。公園の整備だって我々の税金でやってもよ、舟形さ一銭も落とさねえでよ。落としてくのはよ、小と大だけだってあそこ。トイレも水道もみんな町のをタダで使ってるんだべ」

縄文の女神のレプリカの作成には、コロナの地方創生臨時交付金約650万円が使われたことを伝えた。

「町は目玉としてそんなものに金使うけど、我々から言わせればなんでこんなものって思うよ。誰も行かねえじゃん」

「コロナとは関係ねえよな。別のところでイカの像に使ったの思い出すよ。町会議員も騒ぐやついねえじゃん」

イカの像とは、石川県能登町の制作した巨大なイカのモニュメントだ。海外メディアも注目して報じ、交付金の奇異な使い道として世界に発信された。

男性の隣に住む40歳の女性は、縄文の女神のレプリカが公民館に展示されたのを、4歳の子どもと一緒に見に行った。女性は舟形町の出身で、中学生の時に縄文の女神の発掘作業も手伝ったという。だが交付金は、生活に関わるサービスに使ってほしい。

「公民館で文化祭をやっていた時に見に行きましたけど、その時だけで、常設されても誰も見ないですよね。だったら子育てに回すとか、もっと違うことに使って欲しいです」

縄文の女神が出土した西ノ前遺跡公園。雪に埋もれ、中には入れなかった=2022年1月31日撮影

地方創生臨時交付金による約6万5000事業を一覧にしたものは、こちらからご覧いただけます。Tansaが選定した100の無駄遣いの事例も公開しています。本記事は2022年3月〜5月にかけて配信したシリーズ「虚構の地方創生」の抜粋です。事実関係は取材時点で確認が取れたものです。より多くの方に記事を読んでいただくため、ページトップのアイコンからFacebookやTwitterでの記事のシェアもお願いします。

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