「事前抑制」に及んだ共同通信/表現の自由を守る弁護士「報道機関として恥ずべき行為」/なぜ今、この裁判が重要なのか
2024年03月22日19時40分 中川七海
「報道の自由裁判」が進んでいる。元共同通信記者の石川陽一氏が、同社を提訴した裁判だ。
石川氏は、長崎市の海星学園高校で起きたいじめ自殺事件を追った書籍『いじめの聖域』を文藝春秋から出版した。これに対して、共同通信が重版禁止を命じた。
だが重版の禁止よりも深刻な共同通信の行為が、2024年3月22日に東京地裁で開かれた第3回口頭弁論でクローズアップされた。
原告側の代理人・喜田村洋一弁護士は、「報道機関にとって最も恥ずべき行為」と指摘した。
憲法21条で
中島崇裁判長は前回までに、原告側に対して以下の質問を投げかけていた。
「『表現の自由を行使する機会を奪われた』とは具体的に何を指すのか」
これに対して、喜田村氏が取り上げたのが、共同通信が石川氏に出した通知だ。石川氏の社外執筆の了解を取り消し、重版を禁じた際の通知だ。次のとおり釘を刺していた。
今回の経緯をメディアで公表したりすることは、職員就業規則や社外活動規定に違反し、懲戒の対象になる場合がありますのでご注意ください。
この一文の重大さを、喜田村氏は準備書面で突いた。
これは、表現がなされる前に、表現がなされることそれ自体を止めさせようとしたことに他ならない。これは、表現の事前抑制(prior restraint)そのものであり、報道機関である被告にとって最も恥ずべき行為である。
原告が訴状9頁で記した「原告は表現の自由を行使する機会を奪われた」とは、上記のとおり、原告が被告による「表現の事前抑制」を受け、本来、自由であるべき今回の経緯をメディアで公表する機会を奪われたことを指している。
「事前抑制(prior restraint)」とは、憲法第21条で、表現の自由を保障する上で原則禁止されている行為だ。表現物を事前に差し止めることにより、人々の知る権利が失われることがあってはならないからだ。
今回の裁判は、憲法で保障された権利を侵す報道機関の是非を問う重大な訴訟だということになる。
「脅し以外のなにものでもない」
喜田村氏は長年、表現の自由とその基となる人々の知る権利を守ることを使命にしてきた。喜田村氏が手がけた「法廷メモ訴訟」、通称「レペタ事件」は法曹を目指す人の教科書に出てくるほど有名だ。1989年当時、法廷でメモを取ることは許されていなかったが、その権利を最高裁から勝ち取った。
口頭弁論の後、喜田村氏はTansaの取材に応じた。
喜田村氏は報道機関が当事者となる裁判も多く担ってきた。だが、今回の共同通信の所業には驚いているという。共同通信が「事前抑制」にまで踏み込んでしまったからだ。実際に報道された内容や、報道前の原稿を検閲するよりも深刻だと指摘する。
「何を公にするか分かりもしない段階で、『何も言うな』と懲戒権を持つ社が迫る。脅し以外のなにものでもない」
「事前抑制までした報道機関は、これまでになかった」
共同通信は何を恐れている?
なぜ、共同通信は報道機関としての矜持を捨て、脅しのような行動に出たのか。それは、共同通信自身がこれまでに後ろめたい行為を重ねてきたからではないだろうか。石川氏にそのことを公にされたら困るのだ。
例えば共同通信は、本の発売翌日に長崎新聞への謝罪を済ませていた。著者の石川氏に事情を聞くこともなく、「長崎新聞社と同社記者の名誉を傷つけている部分がある」と断定しての行為だ。
いじめ自殺事件の遺族は、共同通信に自筆の手紙や9ページにわたる意見書を出した。本の内容が事実に基づいていることを共同通信に訴えた。ところが、共同通信はその内容を無視した。
共同通信は、石川氏の責任追及を進めた審査委員会のメンバーも明かさなかった。Tansaが取材すると、社の規定通りのメンバーになっていなかった。原則公開が定められている審査結果も公表しなかった。
このような経緯が知られると、共同通信は報道機関としての信頼を失ってしまう。そのことを恐れたのだろう。
次回期日:4月26日午前10時から東京地裁611号法廷
この日の口頭弁論では、共同通信側の代理人弁護士が3人出席した。藤田雄功弁護士、安井祐一郎弁護士、中紀人弁護士だ。だが質問も反論もなかった。
私は裁判の後、共同通信の広報担当部署に架電の上、質問状を送った。
「共同通信の行為が『表現の事前抑制(prior restraint)そのものであり、報道機関である被告にとって最も恥ずべき行為である』という原告側の主張に対して、どう考えるのか」
回答は、「弊社の主張は裁判の中で明らかにします」。
次回期日は4月26日午前10時、東京地裁の第611号法廷で開かれる。
撮影=古波津優育
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