本シリーズ「保身の代償」を開始して以来、毎回感想をくれた読者がいる。福浦勇斗(はやと)の遺族である、母・さおりだ。
さおりは2022年の暮れに、共同通信が石川陽一の著書『いじめの聖域』を問題視していることを知った。
以来、手紙や意見書を共同通信に送り、石川に対する責任追及が的外れであることを伝えてきた。だが、石川の状況は好転しない。2023年5月16日、石川は記者職を外された。
なぜ共同通信は石川をここまで追い込むのか。さおりは「保身の代償」を読み進める中で、その実情を知り、心を痛めた。
福浦勇斗くんの七回忌。勇斗くんが亡くなった木の下で手を合わせる遺族=2023年4月20日、中川七海撮影
「目をそらすことなくしっかり読み込んでまいります」
さおりは、平日は毎日、朝から晩まで働いている。帰宅してすぐに夕食の準備に取り掛かり、家事や寝支度をこなせば、あっという間に深夜0時を迎える。だが、どんなに忙しくても毎回、記事を読んで感想をくれた。
その一部を抜粋する。
「石川さんは本当に追い詰められたのだろうな、と胸が痛みます。長崎新聞の名誉を毀損したなんて、ひどい台詞です。長崎新聞も共同通信も、そう思うのだったら正々堂々と文藝春秋に抗議すれば良いのに」
「石川さんは、随分と酷い目にあっていたのですね。罪人扱いですね。共同通信は、加盟社のためならどんな手をも使うことに驚きました。会社のためなら遺族を裏切れと言っているように聞こえます。共同通信にとって、報道とは何なのでしょうか? また社員とは一体何なのでしょうか? 加盟社は神さまなんですかね? 」
「共同通信は、とにかく石川さんを悪者にしたいのが丸見えです。あらゆる手を使って、なんて最低な会社なの、と怒りに震えます。石川さんは、よく一人で耐えましたね。本当に大変だったと思います」
「共同通信のやり方があまりにも酷すぎて、声も出ません。会社による、いじめみたいなものですよ。共同通信に、いじめ問題を報道する資格はないですね」
「審査委員会をつくる前に、既に石川さんを処分するのは決まっていたのが見え見えですね。報道業界も変わらなければいけない時がきているのだと思います」
「私たち家族は、出版を大喜びしたのも束の間、著者の石川さんが会社から聴取を受けるという、とんでもないことが起きていることを知ったのです。県や長崎新聞がある程度は抵抗してくるとは思っていましたが、共同通信がまさか社員を切り捨てるとは、想像もしていませんでした」
「石川さんだけの問題じゃないですよね。共同通信の加盟社の方々も、どうしてそれがわからないのでしょうか? 遺族の声を一番聞いてくれた記者さんが排除されるということは、苦しんだ勇斗の気持ちも私たち遺族の声も排除されるような気がして、心が痛みます」
「子どものいじめ自死から始まった事案がそれだけで終わらず、遺族が学校や自治体からいじめられる事態へとなってしまい、挙げ句の果てには地元新聞社までもが自治体の味方になり、さらには真実を書いた記者は会社と加盟新聞社から排除される。いじめのサイクルになるとは想像もしていませんでした。いつのまにか、勇斗の苦しみや悲しみは蚊帳の外になっている現実が悲しいです。子どもの命はそんなに軽くない、と学校にも県にも、長崎新聞や共同通信にも訴えたいです」
「正直なところ、報道各社が揃って完全無視したことにガッカリしています。うちの事案を、度々報道してくださる新聞社の社名も何社かあったので、なおさらショックでした。共同の加盟社の中に、今回の問題に真摯に向き合ってくださる社は一つもないのでしょうか」
さおりは、石川から近況を聞くことはあっても、その全てを聞いていたわけではない。連載を読んで初めて知る事実に困惑することもあった。
「勇斗の小さい頃の写真が掲載されたこともあり、辛かった日のこと、また楽しかった日のこと、色々なことが頭に浮かびました」
それでも、向き合うことを決めていた。
「石川さんが追い詰められていく様子がよくわかって本当に辛いです。でも私たちも当事者なので、目をそらすことなくしっかり読み込んでまいります」
命日のお菓子
さおりの原動力は、一貫していた。
「このままでは、勇斗のように苦しむ子どもが絶対出てきます。そうさせないために、遺族である私たちができることをしたいんです」
真実を社会に示すために、さおりはどんな時でも取材に協力してくれた。
ある平日の夜、私は長崎市内でさおりと会う約束をしていた。記事に使う勇斗の写真を何枚か貸してほしいということを、事前にお願いしていた。
その日、長崎市内は大雨が降っていた。待ち合わせ時刻を過ぎた頃、さおりが小走りでやってきた。片手に傘、もう片方の手に大きな紙袋を持っている。
「遅れちゃって、すみません! 仕事終わりでバタバタしていて。たくさん写真を持ってきました! 」
さおりは、10冊以上のアルバムを、紙袋いっぱいに持ってきてくれた。仕事終わりで疲れているにもかかわらず、写真選びも含めて2時間以上、取材に応じてくれた。
勇斗の命日でも、さおりたち遺族の強い思いを私は感じた。
2023年4月20日は、勇斗の七回忌だった。さおりと夫の大助は、勇斗が亡くなった公園で報道陣の取材を受けた。取材が終わって数分経った頃、白い紙袋を持った大助が私の方へやってきた。
「これ、報道陣の方にお配りしているんです」
見れば、お菓子の包みだった。だが、取材の対価はもちろん受け取れない。丁重に断ると、大助は言った。
「受け取ってください。毎年、勇斗がこれまでに貯めたお小遣いでお菓子を買って、取材に来てくださった方に感謝を込めて配っているんです」
私は、自分の仕事として当然のことやっているだけだ。受け取らなかった。だが周りを見渡すと記者たちは皆、お菓子を受け取っていた。
メディアには嫌な思いをしたこともあっただろう。それでも勇斗のような思いをもう誰にもさせないため、メディアに協力してもらおうという遺族のひたむきな姿に、私はこみ上げるものがあった。
使命を果たさないのなら廃業を
共同通信は、子どもがいじめで追い詰められ自ら命を絶つという事態に背を向け、加盟社である長崎新聞の方を向いた。共同通信の理事会を構成する加盟社も傍観した。
共同通信の影響力は大きい。社長の水谷亨が「加盟社の新聞の総発行部数は約2000万部。日本の新聞の6割以上に共同の記事が配信されている」と誇る通りだ。
今回の共同通信の背信行為が、ジャーナリズムに対する日本社会の信頼を失墜させたと私は考える。
ジャーナリズム本来の使命を果たさないのであれば、共同通信は報道機関として廃業するべきだ。
保身の代償はあまりに大きい。
=「共同通信編」の連載は今回で終了とし、共同通信をめぐる記事は随時掲載します。
(敬称略)
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